第7話 地獄の修業のはじまり
僕は荒野を走っていた。ひたすら走っていた。まずは徹底した体力づくりから。これが地味だけどかなりキツイ。
「だらだら走るでない! もう50周追加!」
「うへえぇぇ」
岩の上から容赦ない声を飛ばしてくる少女――の姿をしたモノは、レオンさんのかつての仲間、タマモさんだ。
銀と金の混じった髪の毛。上半身には、たぶん東国のものであろう白い“道着”を身に着けている。赤い“袴”のようなものをはいているけれど、それはとても短く切られていて、ふとももがあらわになっている。風が吹くと、パンツが丸見えになるので、目のやり場に困ってしまう。
このタマモさんの正体はなんと、“九尾の狐”だ。もう千年以上生きているらしい。
強大な魔力でいくつかの国で暴れた後、ジパングという東国の地中に封印されていたという。
四天皇の一人がその封印を解き、配下に加えようとしたところ、タマモさんは逆に、その四天皇を自分の配下に加えてジパングを支配してしまったという。魔王の眷属をものともしない、恐ろしいモンスターだ。ジパングとその周辺の国でやりたい放題していたところを、レオンさんたちに成敗されておとなしくなったという。
その後、人間を、世界を滅ぼそうとしている魔王という存在を知ってからは、魔王を倒すために旅をしているレオンさんたちに力を貸すようになり、やがて同行するようになった……ということを、レオンさんが教えてくれた。
なんでも千年以上生きているから、ありとあらゆる武術と魔法が使えるらしい。得意なのは剣術で、なんと世界に3人しかいない“剣聖”の称号を持っているんだって! 2刀流に9つの尻尾を使った驚異の“11刀流”は、見るものすべてを圧倒させるという。すごいなぁ、11刀流。見てみたいけれど、今は尻尾をすべて隠してしまっている。
タマモさんはお酒がとても好きで、最近この大陸に棲みだした火の精霊サラマンダーが作り出す炎酒を求めてこの大陸にやってきたのだという。噂になっていた剣師さまとは、タマモさんのことだったみたいだ。
そんなお酒好きで、恐ろしいモンスターで、剣聖であるタマモさんがなぜか、すすんで僕の師匠になってくれると申し出てくれた。僕はレオンさんについて行きたかったのだけれど、タマモさんに強引に弟子にされてしまった。
でも、世界に3人しかいない剣聖に剣術を教われる機会なんて、この先訪れるかどうかわからない。レオンさんはまた、ここに来てくれるって約束してくれたし……。ここで修業して、強くなった僕をレオンさんに見てもらおうと僕は決めた。
よし。頑張るぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「レオンさん。あの……大丈夫でしょうか?」
「うん? タマのことか? 大丈夫だろう、ちゃんと教えてくれるさ。あいつが自分から人にモノを教えるなんて言うとは思わなかったけどな」
「いえ、その……タマモさん、確か人間の若い男の子が”大好物”みたいなこと言っていませんでしたっけ」
「え。そんなこと言ってたっけ、あいつ!?」
「実際に手を出しているところは見たことありませんけど、なんだかちょっと心配です」
「ま、まぁ、大丈夫だろ。けっこう真剣に面倒みてたみたいだし」
「そうですよね……」
「あのキツネさんのしっぽ、もふもふしてて気持ちよかったですぅ」
『ふふふ。オレ様はひんやりしてて気持ちいいぜ』
「マカロンはうるさいから黙っているです」
『あれオマエにもオレ様そんな扱いされんの!?』
一抹の不安を背に感じながら、俺たちは旅を続けるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いてて。体中が痛い。今日はたくさん走ったなぁ。明日はもっと厳しくするっていうし、早く寝て体力を回復させなくちゃ。
「クレスちゃん、起きてるぅ?」
「せ、セエレさん。起きてます」
「そんなに身構えなくても大丈夫よぉん。改めて、お礼を言いに来たのぉん」
「お礼……ですか?」
「ワタシを守ってくれて、ありがとう、クレスちゃん」
「……そんな。僕は何もできませんでした。レオンさんが来てくれていなかったら、僕はセエレさんを守ることはできませんでした」
セエレさんが微笑みながら首を振る。
「ワタシなんかを一所懸命に守ってくれて、とても嬉しかった。本当に、本当に……ありがとう……クレスちゃん」
セエレさんは涙を浮かべ、そして僕を強く抱きしめた。
少しは僕も、誰かの役に立つことができるみたいだ。
誰かを守るための強さ、か。
うん。明日からも頑張ろう。僕は、強くなりたい。強く、ありたい。
「これ、セエレ。抜け駆けはいかんぞ」
「あらぁ、タマモちゃん」
突然現れたタマモさんはなぜか……ハダカだった。なんで?
「抜け駆けなんかしてないわぁん。ほら」
あれ? 身体が思うように動かない。これは、糸?
なんか、すごく怖くなってきた。嫌な予感しかしない。
「ないすじゃ、セエレ。それじゃあ、さっそく……じゅるり」
「あ、あの。セエレさん、タマモさん?」
「ごめんなさいねぇん、クレスちゃん。クレスちゃんがかわいすぎて、ワタシもタマモちゃんも、もう我慢できないのぉん。ハァハァ」
薄闇の中、2人の目がらんらんと輝いている。怖い。怖いよ……。
「いや……こ、こないで! こないでー!! うわーっ!!!!」
助けて、レオンさーん!!
僕の叫び声があちらこちらにこだまして、やがて夜空まで駆け抜けていくのであった。
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