第6話 どちらさまですか?

 目が覚める。僕は身体を起こす。頭がぼんやりとしている。ここはどこだろう。

「クレスちゃん! よかった……目が覚めたのねぇ!!」

「うわぷ」

 突然セエレさんの胸が現れて、僕は埋もれてしまった。苦しい。

「身体の傷は治しました。意識が戻れば、もう大丈夫です」

「ありがとうねぇん、アイちゃん」

 セエレさんとアイちゃんという人のやり取りが聞こえるけれど、何も見えない。息ができない。


「いやあ……本当に面目ない。この通りだ、許してくれ」

「まぁ、こうしてワタシもクレスちゃんも無事だったことだしぃ。ジェミナちゃんも魔石の力で暴走してただけなんでしょぉん。責めるつもりはないわぁん」

「そう言ってもらえるとありがてェ。人間サマを傷つけたとあっちゃあ、オイラたちはもう、この大陸で生きていけないからなぁ……」

 会話だけが聞こえる。何も見えない。息ができない。本当に苦しい。意識がもうろうとしてきた。


「おっ、やっと目覚めたのか、ぼうず。あれ? なんかぐったりしてねぇか」

「え? あ、クレスちゃん!? し、しっかりしてぇん!」

 おっぱい怖い。おっぱい怖い。

 僕はそこでまた、意識を失った。



「大体よー、暴れすぎなんだよ、お前は。血の気が多いというか何というか」

「もういいだろー。反省しているんだから! いい加減許してやってくれよ、オイラを」

「……本当に反省してるのかよ」

「してるって! よし! 反省終わり! 勝負だ、レオン!」

「やっぱり全然反省してねぇじゃん! 勝負にならねぇだろ、俺とお前じゃ。さっき一撃で気絶したじゃねーか」

「暴走してなきゃ、もっとやれる! あれから鍛え上げたオイラのスゴイ技を見せてやる!」

「……アイ。ちょっとジェミナ眠らせてくれる?」

「はい」

「うわやめろ……ぐ~っ」

 どしんという音で、僕は目覚めた。ミノタウロスがよだれを垂らして寝ている。


「クレスちゃん! よかった……目が覚めたのねぇ!!」

「うわぷ」

 突然セエレさんの胸が現れて、僕は埋もれてしまった。苦しい。あれ? さっきもこんなことが……。

「いい加減にしろって」

「あいた」

「きゃわわわっ! いたいですぅ! ひどいですぅ!」

 セエレさんの頭に、何か小さい人形のようなものが投げつけられたようだった。

「よっ。大丈夫か、ぼうず」

 レオンさんが、そこにいた。その隣には青いなんかぷるぷるとした人型のモンスター? がいる。セエレさんの頭の上には人形……ではなく、たぶん妖精というものだろうか? が飛んでいる。

「れ、レオンさん。また助けてもらってしまって……ありがとうございました! で、でも、どうしてこの大陸に?」

「俺とアイとその妖精は今、旅をしててな。たまたま寄ったこの大陸で、暴走しているミノタウロスがいるっていうんで、捕まえていたんだ。ったく、迷惑な話だよなぁ」

 レオンさんは頭をかいた。

「さて、と。ぼうずも無事だったことだし、ここの事件も解決したし、土産にサラマンダーの炎酒ももらったし。そろそろ次の町に出発するか」

 レオンさんが立ち上がった。

 せっかく会えたのに、もうお別れ? 駄目だ。この機会を逃しちゃ駄目だ。

「レオンさん!」

「お、おう?」

「僕を……弟子にしてください!!」

「へ?」

 レオンさんは目を丸くする。

「僕……強くなりたいんです! レオンさんみたいに、強くなりたいんです。だから……お願いします」

 僕は深く頭を下げて、レオンさんの言葉を待つ。

「うーん。弟子ったって、俺に教えられることなんかねぇぞ。剣術も自己流だし、魔法は使えねぇし。馬鹿力と頑丈さだけが取り柄だしな。アイをはじめとする優秀な仲間たちがいたからこそ、俺はどうにかこうにか戦ってこれたようなもんだしなぁ」

 レオンさんは腕を組んで、うーんとうなる。

「俺に教えられるたった一つのことなら、すでにお前は会得しちまってるしな」

「え?」

「勇気、だよ」

 レオンさんが僕の胸をトンと叩いた。

「逃げずに立ち向かう勇気。あのジェミニ相手に逃げずに、さらに傷を負わせるなんて、普通の人間じゃできねぇよ」

「でも僕は、弱いです」

「ぼうずに足りねぇのは基礎体力と戦いの経験だ。そこらへんはちゃんとした武術を身に着けたヤツに教わるのがいいと思う。まぁ、どうしても俺に何か教わりたいっていうなら考えてみるが。どうする? もう一度、よく考えてみな」

 もう一度、よく考える。考えるまでもなかったけれど、考えてみる。

 レオンさんに会えたこの好機を逃しちゃいけない。僕はレオンさんと一緒に旅をして、もっと強くなりたい。

「レオンさん、僕は――」


「ふっふっふ。小僧、強くなりたいのか。ならばわしが鍛えてやろう」

 僕の声は、別の声に消されてしまう。

「お、お前! なんでこんなところに!」

 レオンさんが驚きの声をあげた。


 突然現れたその人は、口端を釣り上げて、不敵に佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る