第3話 恐怖! アラクネさんの罠!
肩甲骨あたりまで伸びた長い髪は、紫色をしていた。左目は前髪で隠れている。
とてもきれいな女の人だった。
でも、その女の人は普通じゃなかった。なぜなら下半身が“クモ”だったからだ。
「アリさんたちぃ、人間を傷つけちゃ駄目よぉん」
クモの女の人がアリを押しよけて僕のところまでやってきた。そしてがちがちと顎を鳴らして興奮しているアリの触角をちょんちょんと触る。
「ふぅん、そういうことねぇ」
「あ、あの……あなたは」
「ぼうや。このアリさんたちは、あのおじさんを助けようとしていたみたいよぉん」
「えっ!?」
「岩場で足を滑らせて転んで、頭を打って倒れていたみたいねぇん。町の近くまで運ぼうとしてたところにぼうやが現れて、いきなり剣を抜いたから、怒っちゃったみたいねぇん」
「ど、どうしてそんなことがわかるんですか!?」
「このアリさんたちはね、しゃべれないのよぉん。だから、触角で情報を伝えあったり“会話”しているってわけなのよぉん」
つまり、僕の早とちりだったのか……。
「そ、そうだったんですね……ごめんなさい」
「ワタシに謝っても仕方ないわよぉん。アリさんたちに謝ってねぇん」
「ご、ごめんなさい」
僕はアリに向かって頭を下げた。
アリが触角で僕に触れる。アリはがちがちと顎を鳴らすと、何事もなかったかのように、おじさんを乗せた板を担いで行ってしまった。
「ぼうやの気持ち、伝わったみたいねぇん」
「……ありがとうございました」
「ぼうや、モンスターと戦うのは初めてねぇん。旅に出るのも初めてといったところかしらぁん」
クモの女の人が顔を寄せてくる。何だか甘いにおいがした。ちょっと頭がくらくらする。
「そ、その通りです」
「あらあらぁ。それじゃ、おねぇさんが色々と教えてあ・げ・る・わぁん。ぼうやが旅に慣れるまで、ついていってあげるわぁ。そうと決まれば、ちょっと準備しに帰らなきゃぁん。ついてきてぇん」
「い、いや……僕は」
「いいから、ついてきてぇん。あ、ワタシはアラクネのセエレよぉん。ぼうやのお名前はぁん?」
「僕は、クレスです」
「クレスちゃんねぇん。よろしくねぇ」
「は、はい……うわわわわ」
僕はセエレさんに手を取られ、引きずられていった。何だか怖い。怖い予感がする。悪いモンスターじゃなさそうだけれど、どこかで逃げなきゃ。
「ひゃっはー! たーのしー!!」
「見よ! これがマタンゴダンス!」
「ひゃっはっははは! おもちろーい!」
僕がセエレさんに連れてこられたのは、たぶん南の森だ。小さな何かが飛び回っている。毛むくじゃらの何かや、キノコ型のモンスター? が大騒ぎしている。
「あれはこの森の妖精や精霊たちよぉん。いっつも騒いでうるさいのぉん。ちょっと前までは大きな大きなキノコに毒されておかしくなっちゃってたけどぉ、いつのまにかなくなって元通りになってたわぁん。本当に大きくて立派なキノコだったのよぉん」
「は、はぁ」
セエレさんはなんだかうっとりとしている。
「クレスちゃんのキノコちゃんにも興味あるわぁん、ワタシ」
「僕の……え?」
「なんでもないわぁん。それじゃ、ワタシの家まで行くからちょっと背中につかまっててぇん」
「え? は、はい」
僕は促されるままに、セエレさんの後ろに立った。
「おしりに乗っていいわよぉん」
セエレさんはクモのおしりをふりふりした。僕はためらったけれど、なんだか嫌な予感いかしないので、言われるがまま、クモのおしりの部分に乗っかった。
「あん♪ しっかりと掴まっててねぇん」
「う、わぁぁぁっ!?」
僕を乗せたセエレさんは、樹をさかさかと昇り始めた。僕は落とされないように、しっかりとセエレさんの腰のあたりに手を回した。
「はい! 到着ぅ」
樹と樹の間に、大きくてきれいな形のクモの巣が張られていた。
「降りても大丈夫よぉん。これは粘着性の糸じゃないから、くっつかないわよぉん」
恐る恐る、糸に足を置く。思いのほか弾力性があって、僕の身体が弾む。ちょっと楽しい。見渡すと、糸の上に家具のようなものが置かれている。ここが、セエレさんのお家なんだ。
「それじゃあ、旅の支度をするまえにぃ、クレスちゃんにちょっとだけお・ね・が・い・があるのぉん」
セエレさんが僕の腕に、自分の腕を絡めてきた。
「な、なんですか。セエレさん、近いです」
セエレさんの吐息が僕の頬にあたる。セエレさんの大きな胸が二の腕にあたる。何だか怖い。とても怖い。
「さっき助けたお礼とぉ、これから協力してあげる見返りとしてぇ、クレスちゃんの血を……ほんのちょっぴりだけ、吸わせてちょうだぁい」
「えぇ!? ち、ち、血、ですか!?」
「痛くしないからぁん。お・ね・が・い」
何か裏がありそうだと思ったら、こういうことだったんだ。
確かに、あの時助けてもらわなければ僕は大アリに殺されていたかもしれない。自分の実力、知識不足が思い知らされた。僕には助けが必要だった。それにもう、ここまで連れてこられてしまったら逃げ場がない。
「……わかりました。本当に、い、痛くしないでくださいね」
「やったぁん! まかせてぇ!」
僕はぐいっと抱き寄せられた。
「それじゃあ、いただきまぁす」
かぷり。
僕の首筋に、セエレさんの歯が立てられた。本当に痛くなかった。
セエレさんはちゅうちゅうと僕の血を吸っている。その息が、だんだんと荒くなる。僕を抱きしめる力が、どんどん強くなる。
「せ、セエレさん……ちょっと……はわわっ!?」
セエレさんは血を吸うのをやめ、かわりに僕の首筋に舌を這わせた。背筋がぞくぞくする。
そしてなぜか、僕の服を脱がし始めた。
「何をするんですか!?」
「ごめんなさいぃん。やっぱり、がまんできないぃん」
ズボン、靴が瞬く間に脱がされて、僕は裸になってしまった。なぜかセエレさんまで服を脱ぎ始めた。
「まさか僕を……食べるつもりですか?」
「う~ん、そうよぉん。クレスちゃんのこと、食べちゃうわぁん」
「や、やめてください。僕はまだ、死にたくないんです」
「だいじょうぶよぉん。怖くないわぁん。ワタシに任せて、身を委ねて。すぐに気持ちよくなるからぁん。さ、楽しい時間のはじまりよぉん」
え? 僕を食べるつもりじゃないの?
セエレさんは僕に何をしようとしているの?
こ、こわい。すごくこわい。
うわあぁぁ! 何これ!? 何されてるの、僕!?
た、助けて……レオンさーん!!
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