第4話 新しい仲間!


 我に返る。


 魔王を倒した今も、やつが出てくる悪夢はしょっちゅう見ている。その度に、俺は決まって、飛び起きることになる。

 俺に向けられた、あのドス黒い感情はこれから先もずっと、忘れたくても忘れることはできないだろう。

 俺にはあの恐ろしい魔王と、目の前のこの妖精が同一のものであるとは思えなかった。


「正確には魔王そのものではなく、魔王の因子……魔王を構成する一部分、欠片といった感じです」

 アイが付け加えて言った。

「わたくし、わたくし……何か悪いことしましたですか?」

 妖精は泣きそうな表情で俺たちを見ている。

 俺はなんて喋っていいのかわからずにいた。

 魔王の因子。魔王の欠片。他にも存在しているというのだろうか。もしそいつらが集まったら、魔王は復活してしまうのだろうか。もしそうであれば、この妖精を放っておくわけにはいかない。

 ――妖精には気を付けるがいい。黒騎士ヴォルグは言っていた。妖精の姿かたちをしている、別の何かがいるということかもだったのかもしれない。

 俺の表情がよほど険しかったのか、それとも俺がこれから何をしようとしているのかを察したのか、俺の顔を見た妖精が震えながら、少しずつ離れていく。

 俺はマカロンを手に取る。アイの方をちらりと見る。アイは何も言わず、ただうつむいていた。

 そう。そうだ。もし魔王が復活したら、また世界は恐怖に包まれることになるんだ。どんな些細な芽であっても、摘まなくてはならない。俺もアイも、同じ気持ちでいるはずだ。もう2度と、あんなに苦しく辛い想いはしたくない。

「ご、ごめんなさい。わたくし、悪い子でしたか? ゆ、ゆるしてください。おねがい……おねがいします」

 妖精はがたがたと震え、もはや逃げることもできずにいた。

 斬るのはたやすい。しかし、手が動かない。あの姿かたちを見るな。俺は目を閉じた。

 一歩踏み出して、剣を薙ぐ。それで終わりだ。できるだけ苦しまずに、痛みを感じる間もないくらいの速さで……剣を。嫌な汗が、頬を伝う。

「いや……いやぁぁ」

 俺は一歩を、踏み出した。



 ――。



「悪い。怖がらせちまったな。何も……何もしねぇ。ごめんな」

 俺は、剣を収めた。

「……ふ、ふえぇぇぇぇぇ~ん!」

 妖精は泣き出し、地面に落ちた。俺は妖精を手で救い上げ、その頭を指でなでた。

「……レオンさん」

「見ろよこいつ。こんなに小さくて、ガキみてぇに泣いて、震えて。俺には、こいつを斬ることはできそうにない。俺たちが目を離さなきゃ、それでいいだろう。もし、俺の判断が間違っていると思えば……俺の背中を、押してくれ」

 俺はアイに向かって、そう言った。俺にはやはり、この妖精が危険な存在だとはとても思えなかった。魔王のあの悪意に触れたからわかる。この小さな妖精には悪意というものが全く感じられない。

 俺には魔力がない。その“内側”までは探れない。もし、アイがこの妖精を危険な存在だと感じ、処分を考えるのであれば……その時は、仕方がない。もう一度、俺は剣を握ろう。


「わたしはレオンさんの感じたことを信じています」

 アイは、それだけをはっきりと言った。それで俺は、迷いを捨てた。

「……もう、怖いことしないですか?」

「ああ。約束する。二度と怖い想いはさせない」

「うぅぅ……人間さん、約束ですよぅ」

「レオンだ」

「え?」

「人間さん、じゃなくて、俺はレオンだ。改めて、よろしくな。ええと……ルナルゥなんたらはちょっとあれだから、ルナでいいか」

 ルナルゥボルクルーズって呼びたくないし、ルナルゥもちょっと言いづらいからさらに省略してやった。それにしても。前からずっと思っていたことだが、魔王やその眷属の名前はなんというか独特で、言いづらいし覚えづらいやつばかりだよな。

「……ルナ! それ、かわいくてイイ感じですぅ! ありがとです、レオンちゃん!」

 いきなりちゃんづけか。俺をちゃんづけで呼ぶやつなんざ、限られているもんだけどな。ま、いいか。

「わたしはアイよ。よろしくね、ルナちゃん」

「アイちゃん! よろしくです!」

『ふふふ! オレ様にも名乗らせてもらおう! オレ様は――』

「マカロンです!」

『なんでオレ様だけ呼び捨て! ここに来る前までさんづけだったのに!』

 ははは。ざまぁだ。


「えっと、あの、それで……わたくしはこれからどうすればよろしいのでしょうか!?」

 ルナが首を傾げる。

「うーん。あの妖精たちとルナは別モンみたいだしな」

「記憶もたぶん、断片的なものしか思い出せないと思います」

「とりあえず、俺たちと一緒に旅すりゃいいんじゃねぇかな」

 とにかく、今は俺たちの側に置いておく方が色々な意味で安全だから、そのように話しを誘導してみた。このまま、この森の異様に昂っている妖精たちとどうしても一緒に暮らしたいというなら話は別だが。


「わたくし、一緒に、行ってもいいですか?」

「来たくないなら無理に来なくてもいい」

「行くです行くです行くですぅ! ご一緒させていたただきましです!」

 もはや舌が回ってない。ルナが嬉しそうにぶんぶんと俺たちの周囲を飛び回る。

「決まりだな。それじゃ、旅を続けるとしようか」

「はい喜んで!」

 ルナはどこかの酒場の店員みたいな返事をした。

 こうして、新たな旅の仲間ルナを加え、俺たちの旅は続くのであった。



「ひゃっはー! マタンゴさんたちよぅ、オイラたちにも踊り教えてくんな!」

「よかばい! 我らの神を称える踊りを伝授しちょる!」

「うひょひょひょひょひょ!」

「た~のし~!!!」



 この森は……いいか。もう、放っておこう。関わったらやばい。

 俺たちは巻き込まれないように、静かに、静かに森を出ましたとさ。

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