よみがえる記憶

 ――。

 何が起きたのかわからなかった。

 ほんの一瞬の出来事だった。ちかっと光が走ったかと思うと、町が跡形もなく消滅していた。

 激しい耳鳴り。身体が痺れて動かない。アイやレオン、いや、みんなが倒れている。

「咄嗟に防壁を張り、我が魔力を防ぐとは人間にしてはやるほうか。我が眷属を倒すだけのことはある。だが、所詮はこの程度」

 なんだ。なんだこいつは。

 暗黒を纏った、黒い存在が地面に音もなく降り立つ。

「ほう。お前は意識があるのか」

 暗黒が、倒れている俺に近づいてくる。そいつが歩くたび、地面が凍る。ぞっとするような殺意が全身から放たれている。心臓が抉られるようだった。

 来るな。来ないでくれ。

 しかし、声が出ない。込み上げてくる吐き気に耐えられず、俺は吐いた。胃の中が空っぽになり、胃液しかでなくなる。それでも吐き気が止まらない。

「お前たちはなぜ戦う。なぜ滅びに抗う。どうあがいても、我には勝てぬ。それを教えてやろう」

 闇。光を一切放たない、闇に俺は捉われる。その2つの瞳はあらゆる負の感情を放っている。

 寒い。苦しい。息が止まる。頭が痛い。血が凍りつく。

 闇が俺の心をじわじわと蝕む。全身から力が抜ける。

 勝てない。こんなバケモノに勝てるわけがない。こいつはまさか……こんなやつが敵の親玉だっていうのか。こいつの前では何もかもが無力だ。


 ――絶望。


 もう、駄目だ。俺はもう、立てない。もう、戦うことができない。諦めよう。全てを諦めて、逃げるんだ。どこに? とにかく逃げなくては。いやだ。死にたくない。逃げて逃げて、どこまでも逃げなければ。


「ククク。せいぜい、滅びの時まで生きながらえるがいい。全てが滅びる様を見届けた後、絶望して死ね」

 何も考えられない。身体の感覚がなくなっていく。冷たい闇に身も心も飲み込まれていく。意識が沈んでいく。全てが、俺の全てが……消えてなくなっていく。


 

 ――ふざけんじゃねぇ! 勝手に、こんなところで終わりにするんじゃねぇよ、このバカ野郎。立ち上がれ! 戦え!


 最後に残った、俺のひとかけらが絶叫する。俺は歯を食いしばって、立ち上がる。そして自分の足に剣を突き立てた。血が噴き出す。激痛で俺はかろうじて、消えそうな意識を保った。

「ふん。抗おうというのか。我に。絶望に」

「抗ってみせるさ……今は敵わなくとも、必ずお前を……倒してやる。俺は……俺たちは戦い抜いてみせるぞ」

「ならば挑むがいい。お前たちがどこまでやれるのか、見届けてやろう」

 闇が地面に沈んでいく。


「我はお前たちが魔王と呼ぶ存在。名はルナルゥボルクルーズ。その名を刻んでおくがいい」


 闇が消えると、冷たい風の音だけが残った。

 俺は血だまりの中に倒れた。

 やつの名を、俺は生涯忘れることはないだろう。恐怖と共に心に刻まれた魔王の名を。


 必ず……必ずだ。俺の剣で、てめぇを貫いてみせる。ここで俺たちを生かして去ったことを後悔させてやる。俺は血に濡れた地面の砂を強く握りしめた。

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