第3話 疾走する衝撃
森は、荒れていた。荒れ果てていた。何というか、混沌としていた。
「ひゃっはー! たーのしー!!」
「おれの、おれの歌をきけー!」
「みーなーさーん! しーずーかーにーしーてーくーだーさーい! ふひょおお!」
妖精やら精霊やら何やらが飛び交い、騒いでいる。
ヴォルグが気を付けろって言ってたのはこれのことか?
確かに、こりゃあ危ない。なんていうか、変な薬でもやっているかのように、目がイってしまっている。これは怖い。
「こ、これが……わたくしのお仲間ですか! みんな元気ですぅ!」
妖精が歓喜に震える。
いや、元気は元気だけど、ちょっと違うんじゃないかなー、これ。
「レオンさん、妖精さん、少しだけ息を止めていてください」
「もしや……瘴気か?」
「いえ、胞子です」
胞子?
とにかく俺たちは息を止めた。アイが魔力を放つと、俺たちの周りに淡い光の膜が現れた。
「普通は胞子を吸っても人体に影響はないんですけど、これはちょっと異常ですね。あれを見てください」
アイが指さした方を見ると、黄色い霧のようなものが立ち込めている部分があった。あそこが発生源らしい。見ると森の至る所にキノコのようなものが生えている。
「これはオオワライタケというかなり危険な毒キノコかもしれません。でも、こんなに胞子を放出するキノコが存在するなんて……。放っておいたら、森中がキノコだらけになってしまうかも」
キノコにゃ詳しくないが、これが普通じゃないってことは俺にもわかる。妖精や精霊にも影響を与えるほどの毒素だ。とにかくこれじゃまともな話ができねーから、原因を取り除いてみんなを正気に戻さなきゃな。
俺たちは恐る恐る、胞子が放たれる中心部へと歩いて近づく。
そこで俺たちはさらに混沌とした状況を目の当たりすることになる。
樹のようにでっかいキノコを囲み、人型のキノコが奇妙な歌を口ずさみながら踊っている。あれはキノコのモンスター……マタンゴだな。何やってるんだ、こいつら。
マタンゴたちは俺たちに気付き、一斉に振り返る。
「ニンゲンだ! ニンゲンだ!」
「儀式の邪魔しにきたな! やっつけてやる!」
一体何の儀式なんだ。
じりじりとマタンゴたちが近づいてくる。ここは俺の出番か。
「レオンさん、わたしに任せてください」
アイが前に出る。そして何かの呪文を唱えたかと思うと、マタンゴたちが急に倒れ、いびきをかき始めた。眠りの魔法か。頼もしいなぁ、アイは。
「あのどでかいキノコが元凶か……さて、どうしたものか」
キノコは胞子を噴き出しまくっている。斬り倒すか、燃やすか、埋めるか。
「レオンさん、あのキノコから魔石の気配を感じます」
ここでも魔石か。なんとなーくそんな予感はしていたけどな。なら、破壊するまでだ。俺は剣を握る。
「マカロン、魔石の大体の位置を教えろ。俺が叩き砕く」
『マカ……ああ、オレ様か。てっぺんの傘の部分のど真ん中だ』
ずいぶんとわかりやすい位置にあるな。なら、話しは簡単だ。
俺は地面を蹴って跳躍する。剣を振りかぶり、そして一気に振り下ろす。
一刀両断。巨大キノコはまっぷたつになり、砕けた魔石が地面に落ちて消滅した。それと同時に、巨大キノコは跡形もなくその姿を消した。周囲のキノコたちも次々と消えていく。これでこの森も元通りになることだろう。よかったよかった。
「ひゃっはー! なんだか元気になったぜーっ!」
「喉の調子もいいぜー! おれの、おれの歌をきけぇぇぇ! ぼえ~っ!」
「宴だ! 宴の準備をしろ! 森を救ってくれた英雄たちをもてなすのだ!」
「ひゃっほい!」
……こいつら。これが通常運行ってわけかい。さっきとほとんど変わらねぇってか状況が悪化してる。まともに話しができそうなヤツを探すのに苦労しそうだぜ。
「おい、妖精。どうした、さっきからずいぶん静かじゃねぇか」
口を閉ざしたまま、無表情でいる妖精に声をかける。一点を見つめたまま、微動だにしない。
「熱でもあるのか? どこか具合でも悪いのか?」
「……人間さん! わたくし、思い出しました!!」
妖精は急に大声をあげた。
「記憶を取り戻したのか?」
「はい、名前だけですけど、思い出しましたですよ!」
「そりゃあよかった。これで手掛かりが増えそうだな。で、名前は?」
「はい! わたくしは……ルナルゥです!」
――ルナルゥ。
その名前を聞いて、俺とアイは硬直した。
なぜならそれは、俺たちにとって恐怖の象徴で最大、最強にして最凶の敵の名の一部であったからだ。
「ぐ、偶然似た名前ってあるもんだな、はは」
アイの方を見る。アイは硬直したまま、妖精から視線を離さない。
「レオンさん。この子……間違いありません。わたしの中に入った時は微弱でほとんど感じませんでしたけど、今ははっきりとわかります。この妖精は――魔王です。魔王ルナルゥボルクルーズです」
魔王。
ルナルゥボルクルーズ。
世界を恐怖に染め、圧倒的な力で人間を滅ぼそうとした邪悪な存在。俺たちの中にある恐怖の記憶が、一気に呼び覚まされた。凄まじい寒気が込み上げてくる。
緊張する俺とアイを見て、妖精はただ、おろおろと飛び回っていた。
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