第2話 風の中の黒騎士

『おっ。寝ている間に懐かしいところに到着したじゃねーか!』

「いきなりうるさい。だまれマカロン」

 突然、魔剣マカロンが喋りだしたので俺はごちんと殴った。

『いてぇ。ってかオレ様、本当にマカロンって名前になるの? まじで?』

「わ、わ! 剣さんがしゃべったです!? どうなっているですか、これ!?」

 妖精が不思議そうに、ぺしぺしと剣を叩く。

『気安くオレ様に触るんじゃねー! なんだこのうるせー妖精は』

「お前とどっこいどっこいだがな」

『オレ様、時々しか喋らないからいいじゃん!』

「マカロンって名前、駄目ですか?」

『ちょ、アイさん、そこでそういう風に割り込んでくるとややこしくなるからやめてくんない!?』

「てめぇ、アイに文句があるっていうのか」

『違うってばよ!』

「ねーねー、この剣さんどうなってるですか? マカロンって名前ですか? かわいー!」

「そうでしょ?」

『あぁぁ、もう、オレ様はマカロン。オレ様はマカロン……ぶつぶつぶつぶつ』

 ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー。一気に賑やかになったな。前の旅を思い出す。なんたって13人の個性の強い仲間たちだったもんなぁ。そりゃあもう、うるさいったらありゃしねぇ。一度喋り始めると収集つかない。加えて、この魔剣マカロンが喋りに加わるとなおさらうるさくなる。


 そうだ。この魔剣とはこの大陸で出会ったんだったな。

 魔王とその強大な眷属たちに立ち向かうには、強力な武具が必要だった。

 この大陸のとある遺跡に“神の武具”が眠るという噂を聞きつけ、俺たちはあちらこちらの遺跡を探索することにしたんだ。

 四天皇を束ねる“黒騎士”に初めて出会ったのも、この大陸だったな。

 あの時はまだ、黒騎士には全く歯が立たず、目当ての“神の武具”は奪われてしまった。ヤツは去り際に恐ろしき魔獣を残していき、俺たちは逃げ惑うしかなかった。

 逃げる最中、偶然見つけた隠し通路の先にあった部屋で、俺はその剣を見つけた。

 剣は言った。

『オレ様をここから出してくれたら、あのバケモノを倒す力をくれてやる』

 俺は迷わず剣を床から引き抜き、その力で魔獣を打ち倒すことができた。これがとんでもない呪われたアイテムだと知ったのは後のこと。とにかく面倒なヤツを拾っちまったもんだ。ま、後悔はしていないけどな。あの時、剣を引き抜いていなければ、俺たちは全滅してたしな。


「マカロンさんマカロンさん、火とか出せますか?」

『火を食べれば出せるよ』

「ひぇぇぇ、火が食べられるですか! すごいですぅ!」

『そうだろう? オレ様はすごいんだぜ!』

「あれ? マカロンさん、もしかしてわたくしのおじい様ではないですか?」

『は? オレ様に孫なんていねー! 剣に孫ってどういうことだよ。なんでいきなりそう思ったんだよ! 会話の流れがおかしいだろ!』

「う~ん、なんか今、一瞬何かを思い出したような気がしたのですが、気のせいでしたぁ」

 なんかよくわからない会話が延々と繰り広げられている。

 話しながら歩いていると、巨大な遺跡が見えてきた。


『あ、あれあれ! オレ様が眠ってたところ! なつかしー! ちょっと寄っていこうぜ!』

「却下」

『えー! オレ様とお前の思い出の場所だろ! 行こうぜー!』

「またお前を封印できるなら行く。アイ、ちょっと封印を試してみようか」

『よし、行くのはやめておこう』

 行ったところで何もないしな。面倒だし、はやく森に行かなければ。うるさいヤツは一人でも減らしたい。


「レオンさん、あれ……もしかして」

 アイが指さす先に、黒い何かがいた。

 ――まさか。いや、見間違えるわけがない。幻覚でもない。

 あのごつい、黒い鎧と深紅のマントは……間違いない。なんでこんなところにいるんだ。

 俺たちの宿敵にして、俺たちの最後の仲間。

 

 黒騎士ヴォルグ。


 黒騎士は静かにそこに佇んでいる。風がマントをなびかせている。

「ヴォルグさーん!」

 ちょ、アイ。声かけなくてもいいのに。

 黒騎士がゆっくりとこちらを向く。そしてがしゃり、がしゃりと重々しい音を立てて、こちらに近づいてきた。相変わらず凄まじい威圧感だ。

「こ、こわいですぅ」

 妖精がぷるぷる震えている。黒騎士が近づくたび、周囲の空気が重たくなるようだった。

 黒騎士は俺たちの前で立ち止った。

 シューコー、シューコーという呼吸音が聞こえる。


『久しいな。レオンと……アイか? ずいぶん様相が変わったな』

「ちょっと色々とありまして。あの、ヴォルグさん、ここで何をしていたんですか?」

 アイは全く物怖じせずに訊ねた。最初は黒騎士を前にすると、あの妖精みたいにぷるぷるしていたのに、強くなったもんだ。

『神の武具をもとの場所に戻してきた。争いの火種になるようなものはもはや不要。貴殿らこそ、ここで何をしている』

「この妖精さんのお仲間のところへ向かっているんです」

『……南の森か。妖精には気を付けるがいい』

「え?」

 アイがどういうことかを訊く前に、黒騎士は背を向けた。

『他に行くところがあるのでな。これで失礼する』

「久々だってのに、そっけねぇな」

『ふ。もとより慣れ合うつもりはないと言ってあるはずだ。しかし、次に会う時には酒にでも付き合わせてもらうとしようか、レオン』

「お前と酒……いいな、それ」

 こいつとだけは酒を飲み交わしたことがない。というかこいつが鎧脱いだところ見たことないな。酒飲むときはさすがに兜くらい外すだろう。素顔を拝める時を楽しみにしておこう。

『それではな、レオン、アイ』

 黒騎士はがしゃり、がしゃりと去っていった。


「ヴォルグさん、ずいぶん雰囲気が柔らかくなりましたね」

「そうか? 俺にゃあんまりわからなかったが、アイが言うならきっとそうなんだろうな」

 なんたって表情が読み取れなければ、あのごつい鎧と兜の中で声が反響しているからか喋っていることも聞き取りづらいし、そもそもあんまり喋らないし。ありゃ、ダガーと同じ根暗でむっつり野郎だな、きっと。


 あぁ。なんか余計な時間くっちまったな。短時間でどっと疲れた。全然先に進まないぞこれ。

 ま、アイもなんだか楽しそうだし、これはこれでよしとするか。俺たちはまたわちゃわちゃしながら、ゆっくりと歩を進めるのであった。

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