番外編1

クイン、発つ(前編)

 ボクはクイン。世界樹の守護者であり、世界樹の森の精霊王の娘。

 好きなものはレオン様。レオン様は人間だけれど、とても優しくて強い。誰にも負けない。屈しない。あの腕に抱かれること考えると、顔のあたりがポカポカする。レオン様の顔は、いつも鮮明に思い浮かべることができる。ああ、レオン様。あ、よだれがでてきてしまった。

 レオン様と初めて出会った時のことを思い出す。森を荒らす悪い賊がやってきたと思って、この矢でレオン様の肩を貫いてしまったっけ。かつての自分の眉間を打ち抜いてやりたい。死ねばいいのにボク。

 今、レオン様はどこで何をしているんだろう。会いに行くから、世界樹の森で待っていてくれといわれたけど、いつ会いに来てくれるんだろう。はやく会いたい。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。会いたい。

 レオン様のにおいをかぎたい。レオン様に触れたい。抱きしめてなめまわしたい。なめまわされたい。ああ、レオン様……はぁはぁ。


「王女様―!」

「……何事か。騒々しい」

 せっかくレオン様のことを考えてきゅんきゅんしていたのに、森妖精が騒がしい。大方、最近付近で起きている”異変”に関してのことだと思う。

「またしても魔獣がでました! 我々では対処できませんー!」

 はぁ、やれやれ。ため息しか出ない。

「わかった。すぐにいく」

「お、お願いします」

 ボクは禍々しい気配のする方へと跳んだ。


 遠くから視る。熊のような魔獣が、雄たけびを上げながら樹をなぎ倒している。棘のような体毛は、鋼鉄に近いかも。

 最近、妙な魔獣が増えている。面倒くさい。でも、この世界樹の弓矢に貫けぬものはない。そう。ボクはこの弓矢でレオン様を傷つけてしまったんだ。死にたい。

 ボクは魔獣の眉間めがけて矢を放つ。命中。魔獣は倒れる。念のため、心臓あたりにも矢をいくつか放っておく。

 ボクは倒れている魔獣に近づく。息はない。魔獣から黒い煙が放たれ、身体が縮んでいく。残ったのは、子熊の姿。口元には、黒い石。魔石だ。まだ存在していたなんて。

 ボクは魔石を拾い上げる。

 その途端、視界が真っ黒になって気持ち悪い声が聞こえた。


『ただ待っているだけでいいのか。お前の愛しきものが誰かに奪われてしまうぞ』

『あの男を自分のものにしろ。力を貸してやろう』


「うるさい」

 ふん。ボクは指に力を込め、魔石を砕いた。視界が元通りになる。

 甘言に惑わされるボクじゃない。まやかしも通用しない。なんたってボクは世界樹の加護を受けている。

 そうか。最近の異変は、魔石の仕業か。ならばすべて砕くまでだ。

 ……でも。待っているだけでいいのかという問いかけは、ボク自身の中にもあることだった。他の誰かに奪われる? そんなことは許さない。レオン様を誘惑する女がいればみんな殺す。絶対に殺す。地の果てまでおいかけて殺すし、殺した後に奈落へと魂を放り投げてやる。


「王女様―!」

「……今度は何」

「王様がお呼びですー!」

「お父様が? わかった。すぐにいく」


 珍しい。父がボクを呼ぶなんて。話すのは2年ぶりくらいかもしれない。


「森妖精たち。この熊の御霊を世界樹のもとに届けて。安らかな眠りを」

 ボクは祈りをささげたあと、父のもとへと跳んでいった。

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