ひかり
憎い。
すべてが憎い。
何もかもを滅ぼしてやる。
何のために? もう、わからない。ただ、憎い。憎い。憎い憎い憎い。
冷たい。寒い。暗い。怖い。痛い。苦しい。悲しい。
なぜ、こんな想いをしなければならないのか。憎い。
すべてなくなってしまえばいい。そうすれば、解放されるだろう。
広がる暗闇。段々とあたりが見えなくなっていく。
やがてあらゆる感情が消え、孤独感だけが残った。
さびしい。どうしてここには誰もいないのだろう。何もないのだろう。
ああ。寒い。
その時だった。
闇を照らす光があった。
それはとても暖かく、心地よいものだった。
光はゆっくりと、愛おしそうにちっぽけな存在である自分を抱きしめ、包み込んでくれた。光はどんどんと広がって、闇をかき消していく。
その瞬間。孤独感はなくなっていた。込み上げてくる憎しみも、もはやなかった。
声が聞こえる。憎め、憎め、憎めという声が聞こえる。だが、もう、憎しみはない。黒い闇は全て光に塗りつぶされた。暗く冷たい声も聞こえなくなった。
やがて別の声が聞こえた。
「苦しかったね。怖かったね。もう、大丈夫だよ」
その光の“2つ”の記憶が流れ込んでくる。
ひとつは、慈愛に満ち溢れていた。この世のすべてを愛おしく想う気持ち。やがてその記憶は、ある人間の男を映し出す。この記憶の持ち主は、この男を心から愛していた。幸福で満ち溢れていた。
もうひとつは、その男の記憶だった。男は苦悩していた。罪悪感に苛まれていた。やがてその記憶は、ある人間の少女を映し出す。男は彼女に救われていた。男はこの少女を心から愛していた。幸福で満ち溢れていた。しかし、今は泣いている。
2つの記憶が、引き裂かれようとしていた。
記憶を共有した“彼”は、それがとてもつらく感じられた。
”彼“は男の記憶を通じて、ひとつの可能性を見出すことができた。
種が違っていても、理解し合えるという可能性だ。
人間がみんなこの男のような考え方を持っていたなら、誰も悲しくさびしい想いをしなくて済むだろう。そしてこの少女のような温かさを持っていたら、争いなど起こらないだろう。
こんなにも暖かな光を、誰もが内側に持っている。自分のような闇も、誰もが内側に持っている。
自分は、光の方がいい。
この光に包まれて、安らかな眠りにつけることが、何より幸福に感じられた。
眠る前に、一つだけやるべきことがある。
この少女を救わなければならない。あの男を自分と同じ絶望の底に沈めてはならない。あの男が絶望の黒に染まれば、何か恐ろしいことが起こるかもしれない。
何よりも、この暖かな光を失ってはならない。
だから“彼”は光に包まれながら、抱きしめた。
彼女の身体はもうないけれど、この光――心はきっと、残すことができるだろう。
身体は自分の抜け殻を使うしかない。
“彼”は確信していた。あの男が愛したのは少女の心そのもの。この暖かな光だ。姿が変わっても、きっと受け入れることだろう。
光が広がっていく。眠たくなってきた。
ああ、暖かい。
幸せだ。
光は“彼”の意識をも優しく包み込み、やがてゆっくりと、ゆっくりと弾けた。
ひとかけらの、しかし、強く暖かく輝く、その光は、青い雫となって落ちていった。
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