第15話 アイ

 ――アイが、俺の手を掴んで止めた。


「どうして、ここに」

 俺は訊いた。いや、訊かなくても……わかる。なぜアイがここに来たのか、俺はその瞬間に悟っていた。


「レオンさん。あのスライムは、わたしが止めます」

「……やめろ、アイ。まだ無理しちゃだめだろ。なぁ」

 アイの身体が淡い青の光に包まれていく。

 

「アイ、一緒に逃げよう。カイルやクインの力なら、あいつを倒せるはずだ。だから」

 アイは微笑み、首を振る。

「わたしたちが逃げたら、この大陸のみんなが死んでしまいます。神殿も壊され、神獣の力が暴走してしまうでしょう。それにあのスライムの力、どんどん膨れ上がっています。あとわずかで爆発してしまうでしょう。あれだけの力が爆発したら、広範囲に放出された瘴気が多くの人々の命を奪うことになります。下手すると、世界の半分……それ以上に影響があるかもしれません」

「……そんなこと、もう、知ったことじゃない! 俺は、アイと一緒にいたいんだ。一緒に生きたいんだ。俺は、アイを失いたくないんだ」

 もう、十分だ。俺たちは一度世界を救ったんだ。みんなのために戦ったんだ。もう、俺たちは、俺たちのために生きていいはずだ。大切な人のことだけを考えても、いいだろう。他の何を失ってもいい。だからアイだけは……。


「……レオンさん。ありがとう」

 アイは俺を抱きしめた。暖かい光に包まれる。

「わたし、レオンさんに会えて、幸せだよ。わたしを好きになってくれて、ありがとう」

 アイの身体が、少しずつ浮いていく。俺はその手を掴んだ。

「駄目だ。行くな。他に方法があるはずだ」

「ううん、これはたぶん、わたしにしかできないことだから」

「お願いだ。行かないでくれ。俺を置いていかないでくれ」

「レオンさんは生きて。生きて、幸せでいて」

「アイがいなきゃ、幸せなんかじゃない」

 手を離さない。離してなるもんか。そんな気持ちと反対に、手の力が抜けていく。

 魔剣め、なにしてる。力を貸せ。言葉は出ない。

 アイは俺にキスをした。

 アイとの色々な思い出が浮かんでは消えていく。最後に残ったのは、目の前のアイの顔。この笑顔を、失いたくない。失いたくないんだ。


「レオンさん。わたしはずっと、あなたの中にいます。それを、忘れないで」

 行くな。行くな。行かないでくれ。

「行くな、アイ!!」

 手が

 

 離れていく。


 宙に浮かんだアイは、まるで太陽のように眩い光を放つ。

 背中から光の翼が伸びる。

 スライムから地鳴りのような音が鳴り響く。


「……苦しいんだね。今、行ってあげるからね」

 アイがスライムめがけて飛んでいく。

 俺はアイの名を呼んだ。叫んだ。アイは少しだけ振り返ったあとで、涙をぬぐった。

 

 さようなら。


 愛してる。


 最後に、アイの声が聞こえた。



 アイの身体が、スライムに吸い込まれて、消えた。




 光の柱が、天に昇る。


 光が、何もかもを包んでいく。


 何も、見えない。



 もう、何も見たくない。



 光が消えた後。


 何も、残らなかった。


 何も。


 何も。




 ――何も。

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