第13話 絶望


 スライムが動くたびに黒い瘴気が放出される。青い空は黒く染められていく。

「うへぇ、ひどいニオイっス~」

「参ったわね。これじゃ浴場に入ってもしばらくニオイ落ちないかもね」

 魔力を使い果たしたリゼとロゼは、できるだけ巨大スライムから離れた位置にいたが、あまりの臭気に辟易していた。涙が止まらず、吐き気が込み上げてくる。

「リゼ、ロゼ。ご苦労様でした」

「あ、レオナ様。あれ、とんでもねーバケモンっスよ! 下手すると四天皇級以上っス!」

 レオナは見えない目で、その巨大な存在を“視た”。中には今にも爆発しそうな強大な力が渦巻いている。それもまだまだ膨れ上がっている。

「これから私が放つ魔法を合図に、四方から最大級の炎の魔法をぶつけます。魔力を増強させる“塔”も配置してあります」

「レオナ様一人でそこまで準備を……さすがです」

 淡い桃色の髪のロゼが驚嘆する。

「最善を尽くすまでです。それでは始めます」

 レオナが静かに呪文を詠唱する。空間に発生した炎の渦が、その掌に収束していく。

「ちょっ、こ、これ……ヤバいヤツじゃないっスか! ふ、ふ、フレア級!?」

「リゼ、離れましょう!」

 リゼとロゼは巻き込まれないように、レオナの後方へと下がった。

 レオナは両手を前方に広げる。すでにレオナの身の丈数倍となった火炎の球が、さらに膨れ上がる。凄まじい熱量は、レオナの周辺の地面を溶かしていく。


『其れは原罪をも焼き焦がす浄化の炎なり。極大炎魔法――インフェルノ』

 火炎球はゆっくりと回転しながら、徐々にその速度を増して、スライムめがけて飛んでいく。それとほぼ同時に、周辺から多数の炎が立ち昇り、スライムに集中する。炎がスライムに吸い込まれる。ほんの一瞬の静寂の後。青色だったスライムが真っ赤になり、燃え上がる。そして――轟音。大爆発が巻き起こる。灼熱の風が森を駆け巡る。


「す、すごいっス……」

「これなら……」

 炎は踊る。覆っていた瘴気を焼きながら、天の黒雲をも穿つ。これでスライムは跡形もなく消滅したことだろう。レオナは大きく息をついた。

 しかし、その安堵も長くは続かなかった。

 炎が、瞬く間に消えていく。炎の代わりに中央から立ち昇ったのは、水の柱。先ほどより少し小さくなってはいたが、スライムが再生したのである。


「そんな。どうして」

 レオナは見えない目を見開き、驚愕した。すべてを焼き尽くす炎が、いとも簡単に飲み込まれてしまった。

 ならば、もう一度だ。レオナは魔力を集中させた。

「れ、レオナ様! なんか降ってきます!」

「!」

 ぼたりぼたりと、大きな塊が落ちてくる。

 それは、スライムだった。その青いスライムが赤くなった途端……爆発した。間一髪、リゼが生成した氷の盾がレオナを守った。

「うぐぐ……もう限界っス」

「あ、ありがとうございます、リゼ」

 爆発音が周囲で響き渡っている。いくつかの魔力が消えた。魔導師たちがやられてしまったのだ。

「レオナ様。退きましょう。態勢を整えるべきです」

「……態勢を整えて、どうにかなるものではありません。ここは私が何とかします」

「無茶っスよ! だって、あれだけの魔法が効かねーっスよ!? 勝ち目ないっス! 皆で逃げるっス!」

「神殿は私が守らなければならないのです。あなたたちは逃げなさい」

「そんな」

 レオナは再び意識を集中させた。複数の火炎球が生成され、スライムに飛んでいく。


「れ、レオンさんを呼んでくるっス!」

「あ、リゼ! 気をつけなさい! もう!」

 スライムたちはまだ降ってくる。このままだと神殿も危ない。しばらくは結界が防いでくれるが、どこまで耐えられるかわからなかった。

(アイ様の魔法の力があれば……)

 ロゼは首を振った。ここは自分たちが何とかするしかない。でも、どうやって? ロゼはこの状況に活路を見いだせずにいた。

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