第11話 再動する脅威

 次の日の朝。俺が目覚めるとすぐにアイも目覚めた。

「おはようございます、レオンさん」

「おはよう、アイ」

 俺は横になったままのアイの頭をなでた。

「あれ? 髪の毛……」

「え?」

「根本の方が青くなってる」

「え!?」

 アイは飛び起きて、慌てて鏡の前に行く。

「……本当に……こんな、こんなことが……」

 アイは全身を震わせている。そして振り向き、俺に飛びついてきた。

「少しですけど、魔力も戻っています! レオンさん! レオンさん……わたし、生きられる!」

「よかった……! アイ、よかったな!」

「はい……!」

 これは一体、どういうことだろうか。単なる奇跡と喜ぶべきところだが、やはり何かがひっかかる。俺が来たその時に、アイが回復し始めた。

 バトルウルフ……そこでの戦いで俺は……。まさか。後で詳しく調べる必要がありそうだ。しかし、一体何のために?


「失礼致します」

 普段と声色が違う。レオナが部屋に入ってきた。

「何かあったのか?」

「はい。この大陸に巨大なモンスターが現れました」

 レオナは俺たちの前に水晶を差し出す。

「なんだこりゃ、氷の山?」

「いえ。魔法で凍らせて動きを封じているだけです」

「う~ん……これ、何なんでしょう」

 アイが少し目を細めて水晶をのぞき込んだ。

「あ。アイさん……魔力が?」

「はい! レオンさんが来てからわたし、どんどん元気になってます。今、この瞬間も!」

「そうですか……よかったですね、アイさん」

「はい!」

 元気なアイとは対照的に、レオナの声に色はない。

「……昨日の騒ぎは、あいつが現れたからか。どうして知らせてくれなかった」

 恐らくレオナは、その対応に追われていたはずだ。

「レオン様。このモンスターは――スライムです」

「……なんだって?」

 

 スライム。

 人にはほぼ無害な、液状のモンスターだ。毒を持った個体もいるが、こちらからちょっかいを出さない限りは襲ってくることもない。液状なので物理攻撃は効果がないが、火で焼くか“核”を潰すか、魔法で攻撃すればすぐに消滅してしまう。最弱のモンスターとして位置づけられた彼らのほとんどは駆逐されてしまったはずだった。


「こんなバカでかいスライムがいるなんてありえねぇ」

「核の中に魔石の存在が確認できました。その影響かと思われます」

 またしても魔石か。どうなってやがるんだ、本当に。

「このでかさじゃ、俺の力ではどうにもならねぇってわけか。魔法が使えない俺にとっては最悪の相手だな」

「……はい。なので、準備が整うまではお知らせしないほうがよいかと思いました」

 再会した俺とアイに気遣ってくれたというわけか。まぁ実際、俺には何も手伝えることはなかっただろうけどな。

「それでここから俺は何をすればいい」

「あの巨大スライムを魔法で攻撃します。炎の魔法に長けた魔術師たちは召集して、各地に待機してもらっています。亜人たちに護衛を頼んでありますが、もし強力なモンスターが現れたら対処できないでしょう」

「わかった。ま、俺の得意分野だな。暴れてくるぜ」

 気になることもあるしな。ちょうどいい。

「レオンさん、わたしも行きます!」

「まだ、無理しちゃ駄目だ。俺なら大丈夫だ。俺がそこそこ強いの、知ってるだろ? 必ず、アイのところに帰ってくるさ」

「……わかりました。レオンさん、気を付けて」

 俺は笑って頷いた。

「私は先に行っています。準備が整い次第、向かってください。そろそろスライムが動き出します」

「ああ、わかった。雑魚どもは任せておけ」

「よろしくお願い致します」

 レオナは空間転移の魔法で姿を消した。俺はアイにキスした後で、部屋を出た。


 向かう先はガンテツのところだ。あいつを連れていかなきゃならない。

「ガンテツじいさん、俺の魔剣、持っていくぜ」

「おお、レオン。久しいのぉ。いい感じに仕上がっておるぞ。ずいぶんがたついておったのぅ、こやつ」

 土妖精。ドワーフのガンテツ。世界最高峰の腕前の鍛冶屋だ。魔王の眷属に捕らえられ、闇の武具を作らされていたところを、俺たちが救い出した。もし闇の武具が大量に量産されるようなことになっていたら、俺たちは旅の途中で死んでいただろうな。

 どういうわけかこの神殿を気に入り、以来住み着いている。

 ガンテツが創り上げた聖剣エルヴァントスは、すべての闇を切り裂く光となり、魔王を打ち倒す力となった。

「よう、調子はどうだ」

「ゼッコウチョウデアリマス、レオンサマ」

 ははは。少しは懲りたみたいだな。

「じいさん、悪いんだけど、”紅炎石”の剣何本か貸してくれ」

 紅炎石ぐえんせき。叩くと炎が出る不思議な石だ。昨日料理する時にも役立った。なんたって火を起こすのが簡単だし、火力の調節もできる。料理には欠かせないアイテムだ。

「いいぞい。好きなだけ持っていけ」

「助かる。今度いい酒、持ってくるからよ」

「火妖精の炎酒がええのう」

「じいさんそれ好きな。それじゃ、今度はゆっくり飲み明かそう」

「待っておるぞい」

 俺は紅炎石の剣と魔剣を持ち、走り出す。


 遠くの方で、氷山が蠢くのが見えた。

 でかい。半端なくでかい。こりゃあ、カイルとエリーゼさんでも呼んできた方がいいかもしれない。いや。カイルはともかく、エリーゼさんは絶対に力を貸してくれないだろうな。それに魔王を倒した後、聖剣砕けちまったし、あのでかぶつはカイルの魔力だけではどうにもならないか。それこそ以前のアイの力があれば別だが……。やはりここは、俺がなんとかするしかない。

 ……覚悟を決めないとな。


 氷が崩れ落ち、スライムは不気味な音を立てて、ついに動き始めた。

 

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