第10話 流れ星

 俺たちは手をつないだり、抱きしめ合ったまま、とても長い時間を一緒に過ごした。色々なことを話した。かつての旅の思い出話ばかりだったが、こうして話をしていると本当に色々なことがあったなと思い返すことができた。辛く苦しかったことも今となっては笑い話。よき思い出たちだ。


「話は変わるが……この周辺で一体何が起きているんだ? 特にあの森の様子……異常だった」

 俺はすっかりと聞きそびれていたことをアイに訊ねた。

「魔石の影響です。魔石が土と水を汚染してしまったのです。レオナさんが魔石を破壊したので、あれでもだいぶマシにはなったんです」

「……また、魔石か」

「そういえば、カイルさんのいる大陸でもワームが魔石を取り込んで狂暴化したって言ってましたよね」

「ああ。あらかた砕いたと思ったんだけどな。まだ存在しているなんてな」

 もしくは新たに作り出されているのか。いや、それは考えられないな。魔石は魔王にしか作れないはずだ。

「あ、レオンさん。お腹空きませんか? 食堂にご飯食べに行きませんか?」

「お腹……空いたな。よし、行こうか」

「はい」


 この神殿が存在している敷地はかなり広く、様々な設備がある。もはやちょっとした町だ。重要な場所であり、自衛の手段を足していったら、こんな風になったらしい。

「なんだか騒がしいな」

「何かあったのでしょうか」

 人々があちこち走り回っている。武器を持った衛兵たちまでが慌てているようだった。

「そういや、ここ、亜人が多いんだな。前は気づかなかったが」

 神殿の外では多くの亜人たちが歩いたり、談笑している様子を見ることができた。

「かつての戦いで住処を失った亜人の子たちを、レオナさんが引き取ってお世話をしてあげたことがきっかけで、集まってくるようになったんです」

「あのバレットっていうのは亜人じゃなくてキメラだって言っていたが、本当にキメラなのか?」

 アイは頷いた。

「理性を失って暴走していたところを、神官さんたちが捕らえたそうです。レオナさんが時間をかけてゆっくりと精神を癒し、回復することができたそうです」

 さすがはレオナ。今も多くのものを救っているんだな。聖女と呼ばれるだけのことはある。怒ると怖いけど。

 町の様子が少し気にかかったが、俺たちは食堂へと足を踏み入れた。


「あれ? 誰もいない。この時間ならみんなお食事しているはずなのに」

「もうちょっと後で来てみるか?」

「……いえ! わたしが何か作ります!」

「大丈夫なのか? 身体」

「なんだか……すごく気分がよくて、調子がいいの。レオンさんのおかげ」

 アイが俺の手を取る。俺はアイの顔を見る。

 確かに顔色がすごくよくなっている。アイは俺にキスした後で、食堂の厨房へと向かって行った。

「お釜にお米……炊けているみたい。山菜、お野菜……お肉はないのかー。お魚はある。卵も……うーん。これは、油……小麦粉? あ、そうだ、あれにしよう!」

 アイの弾んだ声が聞こえてくる。そういえば、アイは料理が好きだったな。みんなに元気になってもらえるようなおいしいご飯を作ってみたいと、この神殿で修業中に習ってみたことがきっかけだったか。最初はすごい料理というか何かができて、皆を苦しませていたっけな。完食するのが大変だったな。ダガーが「どんな残飯よりうまい」とか言った時にはぶん殴ってやったが。

 旅をする中でアイは料理の腕も上がり、それを食べることが俺たちの楽しみになっていった。

 俺はテーブルの椅子に座り、かつて食べたアイの料理を思い出していた。

 不意にそれは、別の考えによって打ち消された。

 

 ――魔石。レオナが破壊したと言ったが、もしかしたらまだ残っているのではないだろうか。瘴気が残っているにせよ、バトルウルフのような凶悪なモンスターが出てくるのはおかしい。そうだ。違和感はそいつだ。

 バレットやショコラは、あの森を通り抜けてきていた。あのバトルウルフと遭遇せずに? バレットのあの戦いぶりからすると、バトルウルフという存在を知らない様子だった。そんなことがありえるのか?

 何かがおかしい。何かがひっかかる。


「レオンさん、できました!」

 アイの声が聞こえたので、俺は考えるのをやめた。

 香ばしいにおいと共に、料理が運ばれてくる。

「これは……あの、東の大陸の」

「はい、ジパング特有のお料理、テンプラです! あと、白いご飯とオミソシルです!」

「すごい……! よく再現できたな」

「普段はバレットさんやショコラちゃんが、いつも港で色んな具材を調達してきてくれているので、もっと豪華にできるんですけど……今日はあまり具材が入ってきてないみたいなので、ありあわせのもので頑張ってみました!」

 食欲が刺激され、お腹が鳴る。

「あ、テンプラはお塩ふってありますけど、薄ければこのおつゆつけて食べてみてください」

「それじゃあ、いただきます!」

 ジパングにあったあのオハシまで用意されていて、雰囲気が出ている。

 使い慣れないが、せっかくなのでそれを使ってテンプラを食べる。

「……おいしい!」

「ほんとう!? よかった……久しぶりにお料理作ったからうまくできたか緊張してたんです」

 アイはすごく嬉しそうに笑う。

 オハシが止まらない。いくらでも食べられそうだ。

「おいしそうに食べてくれて……嬉しい。レオンさん見てたらわたしもすごくお腹空いちゃいました。こんなにお腹空いたの、久しぶり」

「それじゃ、今度は俺が何か作るか」

「え!? レオンさんが!?」

 そりゃあ、驚くよな。

「あれから5年間一人暮らしだったからな。いつも飲み歩いているわけにゃいかないし、覚えた! それにずっと、アイが料理している姿見てたからな」

「レオンさん……」

「それじゃ、ちょっと待っててくれ」

 俺は腕まくりをして厨房へと向かった。


「……あー、お腹いっぱい! ごちそうさま、レオンさん! とてもおいしかったです!」

 俺が作ったのは『卵とキャベツの”ワフウ”炒め』と『オムレツ』、鮭を中に詰めた『おにぎり』、あとはアイが用意してくれたミソシルとテンプラだ。食べ合わせはよくないかもだが、好きなものを食べられるだけ食べてもらおうと思い、種類を揃えてみた。俺も少し手伝ったが、ほとんどの料理をアイは食べてしまった。

「このところ、食欲もなくなっていたのに……こんなに食べられるなんて思いませんでした! レオンさんのお料理が食べられて、幸せです。本当に……すごい幸せ」

 アイは涙をこぼした。俺はまた、アイの頭を撫でてやった。

「俺も幸せだ。アイと一緒にいられて、幸せだ。大丈夫、きっと、この調子なら元気になるさ。ずっと、一緒にいよう」

「……はい。ずっと一緒にいます。あなたとずっと一緒に、生きていきます」

 俺たちはもう、何度目かわからないキスを交わす。


 しばらくした後、外に出た俺たちは空を眺めた。無数の星が瞬いている。

 瘴気が世界を包んでいたころは、ほとんど星なんか見れらなかったな。

「きれいですね」

「きれいだな」

「あ、流れ星!」

「ホントだ。あ、あっちにも」

「レオンさんとずっと一緒にいられますように!」

「アイとずっと一緒にいられますように!」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。

「あ、また流れ星? あ、あれ?」

「すごい……たくさん流れ星が……」

 流星群、というやつだろうか。次から次に星が流れていく。あまりの光景に圧倒され、俺たちは言葉を失う。

 俺たちは強く、強く手をつないだ。


 俺はこの景色を忘れない。


 アイと2人で見たこの景色を、ずっと、ずっと……忘れない



 アイとずっと、一緒に……いられますように。

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