第8話 お風呂あがり

 冷たい風が熱くなった身体にとても心地よい。

「まったく……2人してのぼせるなんて。長湯は身体に毒っスよ」

 女性神官の、確か名前はリゼが口を尖らせて言う。このひんやりとした風は彼女の魔法である。

「いやぁ、面目ない」

「ごめんなさい」

「次からはお風呂でいちゃいちゃしちゃダメっスよ。レオナ様に激怒されてもしらないっスからね、もう」

 浴場でいちゃついていたことはお見通しらしい。レオナが怒ったらかなり怖いから気を付けよう。


「あ、そういえばレオンさん。どうしてわたしがここにいるってわかったんですか? 手紙では知らせていなかったのに」

 ベッドから起き上がったアイが、不思議そうに訊ねる。

「ああ、ルドルフがな、色々と教えてくれたんだ。逆に訊くが、どうして元気なふりをしていたんだ。どうしてここにいるって教えてくれなかったんだ」

「……レオンさんに心配かけたくなかったし、今のわたしの姿を見せたくなかったんです。レオナ様ならわたしのこの状態をどうにかできるかもしれないって思って、藁にもすがる思いでここに来ました。手紙はレオナ様が風の精霊に頼んで送ってくれていたんです」

 魔王の結界を破るために、アイはかなりの無理をした。自分の命を削り、それを力に変えて放ったのだ。魔力が枯渇し、多くの生命力を失ったアイは、瘴気の影響をモロに受けた。あらゆる病がアイの身体を蝕んだ。

 世界樹の精霊たちが長い時間をかけて病を治してくれたが、最後に残った”死の病”だけは消すことができなかった。それは強大な呪いに近いものだという。アイの魔力が戻れば、それを打ち破ることも可能かもしれないらしいが……まだ、回復の見込みはない。


「レオナ様が毎日、色々な解呪の魔法を試してくれたり、薬草を調合して飲ませてくれているおかげで、こうして生きていられるんです。みんなに迷惑かけてばっかりですね、わたし」

 俺は起き上がり、くしゃっとアイの頭をなでた。

「少しくらい迷惑かけていいんじゃないのか。なんたってアイがいなけりゃ、俺たちは魔王のところにすらたどり着けなかったんだ。魔王を倒せたのはアイのおかげ。まぁ、つまり世界を救ったのはアイだ。ちょっとくらいのわがままは許されるさ。それに、そのおかげで今、こうして……俺たちは再会することができたんだ」

「……レオンさん」

 アイは俺の手を取り、自分の頬に寄せた。俺たちは見つめ合う。


「あのー、目に毒なんで、いちゃいちゃするのはワタシがいなくなってからにしてもらってもいいっスかね」

 リゼの存在を忘れてた。ちょっと恥ずかしくなって、アイと俺は手を放す。


「あ、そうそう。カイルな、結婚したぞ」

「……え!? カイルさんが!?」

 アイはすごく驚いている。それだけ女っ気なかったからなぁ、あいつ。俺もか。しかし、アイが驚くのはこれからだ。

「なんと、その相手は……」

 俺はカイルとエリーゼさんの話をしてやった。アイはさらに驚き、口が半開きになっていた。こんな表情のアイは見たことがない。


「な、なんか……すごいですね、カイルさん」

「ああ、あいつすごいんだよ」

「でも……素敵だな。種族を超えて、愛し合えるなんて」

「そう、だな」

 種族を超えてっていうか、エリーゼさんはもはや超常現象そのものといえるからな。世界の意思というか、大いなる存在というか……うーん、表現するなら”神”か。やっぱとんでもないな、カイル。

「ねぇ、レオンさん。もしわたしがモンスターでも、好きでいてくれましたか?」

「どんなアイでも素敵だと思うって言ったろ。アイはどんな姿をしていてもアイだ。俺の一番大切な存在だ。好きでいられるさ」

「……レオンさん! 大好き」

 俺とアイは抱き合った。


「あー、もう、ホント勘弁してください。うらやましくて、くやしくて、もう、2人とも氷漬けにしてやるっス。あー! 彼氏ほしい! うをーっ!!! 全部凍れ! 凍ってしまえ!」

 氷のつぶてが俺に投げつけられる。いてぇしつめてぇ!

「わ、わかったから落ち着いてくれ」

 なだめるのに時間がかかった。危うく本当に氷漬けになるところだった。


「ふーっ、ふー。これ以上ここにいると危険なことがわかりましたので、帰るっス。あ、そういえばレオンさん、あの魔剣、どうするんスか? ガンテツさん、久々の仕事だってめっちゃ張り切って叩きまくってるっスよ」

「あー。だいぶ手入れしてなかったから、思う存分やってくれって伝えておいてくれ」

 おしおきだ。あの野郎、調子に乗りやがった罰だ。聖なるハンマーで叩かれまくるがいい。

「了解っス。そんじゃ、お邪魔虫は退散するっス! 今夜はお楽しみっスね。しししし……ちくしょー!」

 リズは激しく扉を閉めて去っていった。なんというか、気の毒なことをしてしまったな。

「レオンさん……ちゅっ」

 リズがいなくなった途端、アイにキスされた。

 かわいい。かわいすぎる。俺はアイをぎゅっと抱きしめた。



 この時はまだ、俺たちは迫りくる脅威に気付けずにいた。

 ただ、今、この時は、2人で幸せを噛みしめていた。

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