第6話 レオンとアイ(後編)
「失礼致します」
部屋に入ってきたのは、大神官のレオナだった。前は肩くらいまでだった淡い緑色の髪は、今は背中くらいまであった。
「まあ。お邪魔してしまいましたね」
「いや、気にしないでくれ。久しぶりだな、レオナ」
「はい。レオン様、元気そうで何よりです」
レオナは柔らかく微笑んだ。
彼女はこの神殿を管理する大神官。かつて俺たちに”力”の制御の仕方、使い方を教えてくれた、お師匠様みたいなもんかな。
目は見えないが、俺たちより色々な物事が見えるし、知っている。そして怒るととても怖い。
「瘴気の除去と、傷の手当をさせていただきます。そのあとで、浴場に行って血と汚れを落として身を清めてください。アイさん、案内はお願いしますね」
俺を抱きしめたままで、アイは頷いた。
レオナの手から光が放たれ、俺の身体を包み込む。瞬く間に痛みが引いていく。とても暖かく、懐かしい光だった。
「それではまた後ほど。アイさん、よかったですね」
レオナは俺に会釈し、部屋から出ていった。
「……それじゃあ、汚れを落としに行くか。アイにも汚れがついちまったな。一緒に入るか、浴場」
「はい……!」
しまった。冗談で言ったつもりだったのに。出た言葉をひっこめるわけにはいかず、俺は困惑した。
「浴場に案内します。こっちです」
「歩いても大丈夫なのか?」
「少しなら、大丈夫です」
「おぶってやろうか」
アイは笑って首を振る。
「……こっちの方が、いいです」
アイは俺の手と手をつないだ。指と指が絡まる。
「しっかり握っててくださいね」
「……ああ」
頬を赤らめて笑うアイは、とてもかわいらしい。こんなにも誰かを愛おしく感じることは、これまでになかった。この笑顔だけは、誰にも傷つけさせてはならない。
「ここが浴場です」
神殿から少し離れたところにある建物。暖かい空気が漏れ出してきている。
「あ、あのっ! ちょっと……恥ずかしいので、先に入っててもらえますか! 後からすぐにいきます!」
「あ、ああ」
本当に一緒に入るのか。なんだかちょっと緊張する。かつての旅では男女別々で入ってたからな。クインは俺と一緒に入りたがってたが。油断するとあいつ、お湯の中で潜って待ってるからな。何度襲われそうになったかわからない。そもそもなんであいつが俺に懐いてたのかよくわからない。最初は確か、あんな感じじゃなかったと思うのだが。
俺は着ていたものを脱衣所で脱ぎ、浴場へと入った。中は意外と広かった。この神殿にこんな施設があったなんてな。前来たときはそこらの泉で水浴びしたくらいか。
身体を清めの湯で洗い流し、そして湯につかる。少し熱いくらいだが、俺にはちょうどいい温度だ。身体の隅々が癒される感じがする。気持ちがいい。
しばらくすると、入り口の方で湯が流れる音が聞こえた。アイが入ってきたようだ。
「あ、あの、し、しつれいします」
布で体の前を隠したアイが、ゆっくりとお湯につかる。まだ入って間もないのに、顔が真っ赤になっている。何だか俺も熱い。
アイはゆっくりと、俺の側まで寄る。
「うー、やっぱり恥ずかしいです。でも、嬉しい。レオンさんと一緒」
お湯の中で、アイは俺の手を握った。
「俺も……アイに会えて、嬉しいよ」
「……本当ですか?」
俺は頷き、アイの頭を撫でた。
「レオンさんに頭なでられるの、好きです」
アイは俺に寄りかかった。その身体は出会った時と同じくらいに痩せてしまっていたが、柔らかかった。
「……髪の色、こんな風になっちゃいました。おばあちゃんみたい」
アイは白くなった髪を指でつまみ、ねじって見せて苦笑する。
「俺は、どんなアイでも素敵だと思うよ」
「うそ! わたしなんかより、レオナさんやクインさんの方が素敵な女性だもん。他にもいっぱい……わたしなんかより……」
「俺にとってはアイが一番なんだよ。一番大切だ」
「でもそれは……わたしが、妹さんに似ているから」
知っていたのか。ルドルフあたりだな、べらべら喋ったのは。次あったら今度はどうしてくれようか。
「最初はな、確かにそうだったよ。でも、今は違うんだ」
俺はアイを正面から見据えた。
「アイと一緒だから、俺はあの戦いを乗り越えられたんだ。守っていたはずの俺が、いつのまにかアイに守られていた。アイが俺に笑ってくれたから、勇気が出たどれだけ救われたことか。気づくのが遅かったけれど、俺の中にはずっとお前の存在があったんだ」
「レオンさん……」
「5年。5年も経ってしまったが、ようやく伝えることができる。アイ。俺はアイのことが好きだ。これからずっと、俺と一緒にいてほしい」
少しの静寂のあとで、アイの目から涙が落ちた。
「わたしなんかでいいんですか? わたし、もう、長く生きられないのに」
「アイじゃなきゃ駄目だ。……ずっと、一緒にいる。嫌だといっても、離れないからな」
「……わたしも……離しません。レオンさん、好き。ずっと、好きだったの。好き。大好き」
アイは俺を抱きしめた。布は湯に浮かんでいる。俺の肌に、アイの肌がくっつく。
「ちょ、少し、離れ……」
「え?」
と、アイは俺の状態に気づいてびっくりした。
「か、かたい……?」
「だから、少し離れて」
アイは悪戯っこのように笑う。
「離れません」
「いや、離れて」
「離れないって言いましたよね、さっき?」
「それとこれとは」
アイは楽しそうに笑っている。のぼせちまうな、これは。
俺はふふっと息を吐き、手でアイの顔を俺の方に寄せた。そして――。
アイは目を丸くし、顔がさらに真っ赤になった。
「い、い、今の……え? え?」
「わからなかったか? ならもう一度」
俺の唇とアイの唇が重なる。アイの顔がさらに赤くなる。
「夢じゃ……ないんですよね、これ」
「夢なんかじゃないさ」
「どうしよう……わたし、わたし……すごく……幸せ」
今度はアイから唇を重ねてきた。
俺たちは長い間、ずっと抱きしめ合い、キスをした。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。俺はそう願った。
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