第4話 怒り
まさに疾風。かろうじてその姿を捉えることはできるが、この森の暗さと生い茂った樹木が敵の姿を消してしまう。
「ニオイが辿れないだと!? ぐぅぅ……どこだ。どこにいる!」
キメラが激しく咆哮する。バトルウルフに動じる様子はない。
そう、こいつらにはほとんどにおいがない。獲物を狩った時の血のにおいでさえ、すぐに消してしまう。その特性の正体とは、身体から発する特殊な体臭だ。これにより、相手の嗅覚を狂わせてしまうのだ。
バトルウルフは攻撃の瞬間にだけ、その気配を現す。それに合わせてこちらも攻撃するしかないのだが、そう容易く成功するものではない。
狂わされるのは嗅覚だけではないからだ。擦りあわされる牙と爪の音、甲高い鳴き声によって獲物の耳を狂わせる。平衡感覚を失わせるのだ。
それだけではない。やつらは針のような鋭い毛を宙にまき散らす。それが目に入れば、視界も奪われることになる。
自分より弱い獲物は瞬殺し、手ごわい獲物であっても時間をかけてじっくりとじわじわと体力と感覚を奪い、最後には必ず仕留める手段を持ち合わせた凶悪な狼。
『こ~んなところでバトルウルフに遭遇するなんて、運がいいな! オレ様、あいつの血、大好物!』
剣がはしゃいでいる。わざと俺の気を散らせているのか、こいつ。
「ちっ!」
気配に向かって剣を振る。手ごたえはない。かわりに俺の腕が切られた。傷は浅い。
俺はかろうじて気配を追えるが、キメラは対処できずに切り刻まれていた。
「おい、お前! 俺の近くにいろ」
「ぐあぁぁっ! おのれっ!」
やみくもに腕を振り回すキメラ。完全に頭に血がのぼってしまっている。鋼のような筋肉も、あのバトルウルフの前では意味をなさない。どこまで持つのかわからない。時間はそうかけていられないな。俺は目を閉じ、意識を集中した。
なんてこった。さっき追っ払った雑魚どももまた集まってきている。俺は焦った。その瞬間を逃さずに、バトルウルフは俺のわき腹を爪で切り裂いた。今度は少しだけ、深い。
呼吸を乱しては駄目だ。ここは冷静にならなければ。
「うがああぁぁぁっ!」
目をやられたキメラが腕を振り回し、こちらに突撃してくる。俺はそれをかろうじてかわした。しかし、後ろに退いた瞬間、数匹のバトルウルフの爪にやられた。血が噴き出す。
流れる血が、熱い。
『ひょうぅ! こいつぁごちそうだぜ! いただきます!』
剣が俺の血を吸いとる。うぜぇ。意識がそれた瞬間を狙って、またバトルウルフ。今度は剣で防ぐことができた。だが、次は連続してバトルウルフがとびかかってきた。戦法を変えてきたようだ。
――おかしい。バトルウルフの姿を肉眼で捉えられている。そう思った時には遅かった。ひときわ大きく、紅い目をしたバトルウルフが俺の首に牙を突き立てるために、背後から跳んできていた。
血が
赤い血が
バシャリと地面に落ちた。
『いやっふー! こいつぁたまんねぇぜ! 血、血! レオンの血!』
「うるせぇ。俺の血じゃねぇよ」
『へ?』
「うるせぇ。うるせぇうるせぇうるせー! ぎゃーぎゃーうるせーんだよてめぇらあぁぁぁぁっ!!!」
俺は右手で握りしめたバトルウルフの頭を完全に潰した。
『れ、レオン。落ち着け』
「あー! もう、めんどくせぇ。もういいや。もうどうでもいい。おい、”3割”でいくぞ」
『まて、せっかくごちそうにありつけたのにまた腹減っちまうだろうが、オレ様』
「知ったことか。煽ったのはてめぇだ。やれ」
『えー……仕方ねぇな』
「おい、キメラ! お前の名前は何だ!」
俺が怒鳴ると、キメラはようやく止まった。
「くっ……う? オレの名は、バレット……」
「バレットさんよ、俺が行けと合図したら、全力で走れ」
「どういうことだ……」
バレットは目を拭い、微かに開いた目で俺を見た。その表情は驚きに変わる。
バトルウルフたちはこの間に襲いかかってくることはなかった。恐らくリーダー格がやられたことで動揺している。いや、それよりも俺の変貌に動揺しているか。
「てめぇらもう容赦しねぇ。俺を怒らせたことを後悔させてやる!!!」
『お、オレ様、含んでないよねそれ』
「含んでいるに決まっているだろうが。……よし、今だ! 行け! バレット!」
俺は怒鳴る。放たれた闘気に弾かれるように、バレットは駆けていった。これでバレットが俺に巻き込まれることはなくなった。
バトルウルフはバレットを追いかけることはできずに、その場に釘付けになった。恐怖を感じることのない連中が、今、恐怖を感じているのだ。俺の……俺から放たれる怒りに。
「いくぞてめぇらぁぁぁっ!! ぶっ壊してやる!!!!」
近くの樹が斬り飛ばされるのが見えた。地面が抉れ、岩は砕かれて散る。竜巻の刃ががありとあらゆるものを飲み込み、粉々に切り刻んでいく。血の雨が降る。俺の叫び声で虫たちが潰れていく。放たれた力はもう止まらない。敵をすべて破壊しつくすまでは。
次に俺が止まる時には、周辺の地形が変わり、草木は一本も残っていないことだろう。
「がああああぁぁぁっ!」
俺の叫び声は森中に響き渡るような雷鳴となって轟いた。
そして俺の周囲には、何も残らなかった。
何も。
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