第3話 凶狼

 キメラ。混合獣。それは強大モンスターに対抗するために生み出された生物兵器だ。詳しいことは俺にはわからないが、人間を基として、様々な動物や昆虫の細胞を組み合わせることにより、人間離れ力を獲得するというものらしい。王国の地下で、錬金術師たちが禁忌の技術を用いて生体実験を繰り返していたっていう話だ。

 実際に、モンスターとの戦いの場で、キメラたちは投入された。最初こそは驚異的な力でモンスターたちを圧倒したキメラであったが、精神的に不安定だった。彼らの多くは人間の姿を失っていた。わけがわからないままに異形の姿となり、しかも二度と人間の姿に戻れない事実を知った彼らの大勢は、発狂した。理性を失った彼らは、モンスターより厄介な存在として世に放たれることになる。地下の実験施設も、キメラの暴走によって壊滅したという。

 キメラを討伐せよ。王国からの使者は俺たちにそう告げた。王国は、錬金術師たちが勝手にやったことだと言い、その責任を認めようとはしなかった。しかし、狂暴となったキメラたちをこのまま放っておくわけにもいかず、俺たちは彼らと戦うこととなった。

 悲惨な戦いだった。もう、思い出したくもない。

 そのキメラの生き残りが、俺の前を歩いている。

 正気を保てたキメラがいたのか。


「さっきのショコラって女の子もキメラなのか?」

「……ショコラはただの猫の亜人だ。キメラの生き残りは、恐らく世界でオレ一人だろう」

 話しかけるなというトゲトゲしい気配が飛んでくる。神殿までの道はわかるが、ここは黙ってついていくとするか。俺もこいつとどう接すればいいのかわからないしな。

 俺は背後を漂う気配に向かって剣を振った。

 毒々しい色の蛇の首が飛んで落ちた。明らかに毒をもってやがるなこいつ。

 羽音を立てて虫たちが寄ってくる。俺はそれをはたき落とした。迂闊に手でつぶすと危ないかもしれない。

『瘴気でみんな毒化してやがるな。なかなか美味いぜ、こりゃあ!』

 剣は上機嫌になっている。それだけ瘴気の密度が高い。普通の人間ならば、ここに足を踏み入れただけで意識を保つことができないだろう。

「ひとつ訊いていいか。この森で何が起こっている」

「……オレにはわからない。詳しくはアイ様に訊くといい」

 異変には何らかの原因があるはずだ。それを取り除いてやれば、瘴気を消すことができるかもしれない。とにかくアイに会うことが先決だな、これは。


「きしゃあぁぁ!」

 紫色した猿がとびかかってくる。そいつは毒の液を吐き出してきた。俺はそれを剣で受け止める。

『ひゃっほう! 気持ちいいぜ!』

「うるせぇな。耳がキンキンするから黙ってろ」

 瘴気で耳が少しやられている。音が響いて聞こえてくる。

 俺は猿を剣で斬り倒す。

 前方ではキメラが妙な生物を爪で切り裂くのが見えた。次から次に何かが出てくる。こりゃ、いちいち相手にしてたらキリがねぇな。よし、アレをやるか。

「お前、ちょっと耳ふさいでおけ」

 俺はキメラに言う。キメラは俺を一瞥しただけで、耳を手で塞いだ。


「おらぁああぁぁっ!」

 俺は腹の底から声を出した。同時に”闘気”を全力で放つ。嫌な気配が遠のいていく。

「……肌がビリビリする。これが世界最強の男の闘志か。さすがだな」

「世界最強かどうかはしらんが、これで雑魚どもはしばらく俺たちに寄ってこられなくなったはずだ。先を急ごう」

「……ああ」


 その直後。背筋が冷たくなった。俺は反射的に身を引いた。喉ぼとけあたりの皮が微かに切られていた。指でなぞると、かすかに血が付着した。毒はないようだ。

 すぐ近くまで殺気を感じることができなかった。どうやら俺は、”闘気”で厄介なものを呼び寄せてしまったようだ。しかし、なんでこんな怪物がこの森にいる。

「ぐっ……おおぉっ!」

 キメラの肩の肉が抉れ、血が噴き出している。

 ――速い。樹々が多く、その動きを捉えることができない。何匹だ……何匹いる。


 一匹が、ゆっくりと姿を現す。

「おぉぉぉっ!」

 キメラが雄たけびを上げてそいつに向かって行く。

「退け! やられるぞ!」

 遅かった。キメラは地面を這って飛び出してきた別にヤツに爪で切り刻まれた。

「ぐおぉぉっ!」

 キメラは傷を抑え、地面に膝をついた。

 そいつはじっと、キメラを見ている。獲物の状態を確認しているのだ。弱ったところで、一斉に襲い掛かろうというわけか。

 それは、大きな大きな狼。モンスターの中でもかなり厄介な部類だ。

 凶狼きょうろう――バトルウルフ。


 バトルウルフたちは鋼鉄だけでなく、魔法の防御壁をも簡単に切り裂く爪と牙を剥き出しに、唸り声をあげた。

 

 俺は剣を握りしめた。額から汗が滴り落ちていった。

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