第2話 黒の森へ

「セフィルの大神殿まで転送できないだと? どういうこったばあさん!」

「あたしゃにもわからないよ。何度か行ったことあるし、前は確実に転送できたんじゃが……何かに阻まれてどうしても駄目じゃ」

「それじゃ、大神殿の近くのどこかでいい。頼む、急いでいるんだ」

「うむ、やってみよう」

 ばあさんはぶつぶつと呪文を唱える。俺の身体が薄くなっていく。意識が遠のく。

「かあっ!」

 ばあさんが目を見開き、杖を振る。その瞬間、俺の意識はすでに別のところにあった。


 大陸セフィル。広大な森に囲まれ、その中央に位置する大神殿は、豊穣を司る”神獣”を祀っている。神獣は百年に一度天から現れ、めぐみの雨と光をもたらすという。

 神獣の力を狙って現れたのは、四天皇の……あいつだ、あいつ。そう、あいつだよ。とにかく四天皇の何とかかんとかが大神殿の神官になりすまし、機会を伺っていたんだ。

 アイがそれを見破り、この大陸で覚醒した力を発揮したカイルに、四天皇のなんたらは跡形もなく消滅させられた。

 俺は大神殿を囲む森の前へと転送してきたようだ。美しい森が、眼前に広がっているはずだった。

 しかし。

 以前とは変わり果てた森の様子に、俺は驚愕した。

「これが……あの森か?」

 世界樹の森にも劣らない、あの豊かな森はどこへいってしまったというのだろう。樹木は灰色となり、葉は黒く染まっている。空気は湿っぽく、それでいて冷たい。嫌な気配が溢れてきている。


『ひゅうぅ! こいつぁ、心地いいぜー!』

 急に剣が喋りだしたので、俺は殴った。

「いきなりうるせーんだよ! ずいぶん久々にしゃべったじゃねーか」

『あの結界破るのに力を使ったから、疲れて寝てたんだよ。まぁ、ルドルフと再会したあたりから起きてはいたんだけどな。でもほら、オマエよ、ルドルフとオレ様キャラが被ってうざいから黙っておけとか前に言ってたろ。だから』

「いや、まぁどうでもいい。お前が心地いいっていうくらいだから、瘴気にずいぶんと汚染されているみたいだな」

 まるで魔王のいたあの大陸と同じような雰囲気だ。まさか魔王の眷属が残っていたというのだろうか。

『……何か来るぜ。気を付けろ、レオン』

 言われなくとも、俺はその気配を感じていた。殺気を剝き出しにし、ものすごい速さでそれは接近してきた。


「ぎしゃぁぁぁっ!」

「うおっ!? 猫……娘? 亜人種か!?」

 飛び出してきたのは、猫耳の少女だった。身体を覆う毛が逆立っている。目が爛々としていて、明らかに普通の状態ではなかった。猫の少女は、鋭い爪で俺に襲い掛かってくる。

「だが遅い! せいっ!」

「ぎにゃあっ!」

 正拳突き一発。だいぶ手加減してやった。猫の少女は地面に転がったが、すぐに飛び起きた。

「うにゃにゃ!? ショコラちゃんは一体何を!?」

「それは俺が聞きたい」

 どうやらショコラという猫の少女は、きょろきょろと周囲を見渡している。

『どうやら瘴気にやられて瘴気を失ってたみたいだな』

「にゃにゃ!? 剣が喋った! 不思議剣にゃ。あ、こんなことしてる場合じゃないにゃ! ショコラちゃんは街に薬を買いに行くところなのにゃ! それじゃにゃ!」

 ショコラはものすごい勢いで去っていった。何だったんだ今のは。


『まだ何か来るぜ』

 またしても、放たれている殺気は鋭い。そして強い獣臭。血のにおいもするな。猛獣か? それはゆっくりと、森の闇から現れた。その両手は血で赤く染まっていた。

「お前も亜人か」

「……違うな。オレはキメラだ。人間とライオンとの混合獣だ」

「キメラだと?」

 立派なたてがみが揺れている。岩のようにごつい身体。鋭い牙と爪。百獣の王の貫禄を漂わせ、そいつは俺を見据えている。

「……お前は、レオンだな」

「ああ、そうだ。よく知っているな」

「……アイ様やレオナ様がよく話してくれていたからな。見ただけですぐにわかった。ついてこい。アイ様がお前のことを待っている」

 状況が飲み込めなかったが、どうやらこいつは敵じゃないようだ。ちょっとした敵意のようなものは感じるが。


「この森はもはや異形の住処だ。自分の身は自分で守れ。しっかりとついてこい」

「は、ご忠告ありがとうよ」

 そいつはふいっと顔を背け、ずしずしと森へと入っていった。愛想のないやつだな。

 まぁ、いい。とにかくアイのところへ急がなくては。

 俺は森の闇へと踏み込んでいった。

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