第四章 アイしてる

あの人の笑顔

 いつも思い出すのは、あの人の笑顔。

 いつだって笑っていた。辛いときも、苦しいときも。いつも先頭に立って、傷ついて、時には大怪我をして……それでも笑っていた。どうしてこの人はこんなに強いんだろう。わたしはあの人の笑顔に何度も救われた。


 あの人はいつだって、わたしを守ってくれた。

 あの人と最初に出会ったのは、わたしの故郷、水の大陸ルクイッツァだった。

 水の女神の封印を解き、その力を我が物にした魔王の眷属、四天皇ヴォイドとの大きな戦いがあった。ヴォイドは水の力を操り、多くのモンスターを大陸中に解き放ち、混乱に陥れた。再び水の女神の力を封印することができるのは、女神の血を引く、巫女であるわたしにしかできなかった。

 でも……わたしは逃げてしまった。怖かった。恐ろしいモンスターたちに立ち向かう勇気なんて、わたしにはなかった。

 逃げて隠れていたわたしを、あの人は見つけた。わたしは怒られると思った。でも、あの人は笑った。

「おっかないよな。嫌だよな、厄介な役目押し付けられちまって。でも、どうしてもお前の力が必要なんだ。大丈夫、俺が死んでも守ってやるから。絶対に怖い想いをさせないから」

 あの人が差し出した手を、わたしは握りしめた。

 あの人は傷つきながら戦った。わたしを守らなければ、そんなに傷つくことはなかったのに。心配をかけまいと、常にわたしに笑いかけてくれた。わたしは戦う決意をした。これ以上、この人を傷つけちゃ駄目だと思った。わたしは初めて、”力”を行使して、モンスターたちを倒した。

 そして、わたしたちはヴォイドのいる神殿へとたどり着く。

 ヴォイドの力はあまりにも強大だった。強い魔力が阻み、わたしたちはそれを突破することができなかった。遠くから、圧縮された水と魔力が放たれる。それは全てを切り裂く水の刃となってわたしたちに襲い掛かる。

 わたしは恐怖に震えた。わたしがやらなきゃいけないのに、頭が真っ白になって、うまく封印術を詠唱することができなかった。毎日毎日、繰り返し唱えさせられていたのに、何もできなかった。

 水の刃がわたしめがけて飛んでくる。

 それを、あの人が防いだ。

「大丈夫か、アイ」

 振り返ったあの人は、やっぱり笑っていた。

「……駄目です。うまく、できないんです。わたし、わたし……どうしよう。失敗したら、何もかもが……」

「いいよ、失敗しても」

「……え?」

「その時はその時だ! ここまでお前はよく頑張ったよ。誰もお前を責めはしない」

 水の刃が迫りくる。剣で、全身でそれを、あの人は受け止めていた。血が足元を濡らしていた。それでも、あの人はわたしに微笑みかけていた。

「もう……やめてください! わたしのために、傷つかないで!」

「言ったろ。俺が死んでも守ってやるって。怖い想いをさせないって。大丈夫、大丈夫だ。何も怖いことはない」

 あの人はわたしの目を見て言った。わたしはあの人だけを見た。気が付けば震えが止まっていた。そしてわたしは、封印術を詠唱することができた。

 力を失ったヴォイドは、あの人の剣によって真っ二つにされた。


「よくやった。頑張ったな、アイ」

 そういってわたしの頭を撫でたあの人は、倒れて意識を失ってしまった。


 わたしには水の女神の封印を守るという使命があったけれど、あの人たちと共に、魔王を倒す旅に出ることにした。わたしにしかできないことで、あの人たちの力になりたいと思った。神官であるおばあ様も、ここにいるよりは安全だといって賛同してくれた。再び封印が破れた時、封印できるのはもう、わたししかいないから……。


 一緒に行くといったとき、一番喜んで、笑ってくれたのはやっぱりあの人だった。わたしはそれが、すごく嬉しかった。


 はじめのうちは、みんなに迷惑をかけてばっかりだった。

 モンスターや人買いにさらわれそうになったり、しょっちゅう熱を出したり……わたしはその度に自信をなくしていた。それでもあの人は「気にするな、仲間だろ」って笑いながら言って、わたしの頭を撫でてくれた。

 わたしの危機に、一番最初に駆けつけてくれるのはあの人だった。いつだって、どんなときだって、わたしを守り、励ましてくれた。

 あの人がいつもそばにいてくれる。そう思うだけで、わたしは強くなることができた。

 そして想った。わたしの力で、あの人を守りたいって。


 わたし、あなたの力になれたかな。

 あなたのように笑えたかな。


 もう一度、会いたい。

 伝えられなかった想いを、伝えたい。

 もう一度、わたしに笑いかけてほしい。


 会いたい。

 会いたいよ……レオンさん。

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