第7話 泣くまで殴るのをやめないぞ

「ねぇ、レオン。いつまでここにいてくれるの?」

 港町を散策している途中、ミネアが訊ねてきた。

「うーん。とりあえずは他の仲間のいる場所の情報を集めてからだな」

「それじゃ、今日も泊っていってよ。まだまだおいしいお酒あるし。ね?」

 今日は宿屋に泊ろう。そうしよう。もしまた同じようなことがあったらたぶんもう、我慢は無理だ。

 昨日は酒場に直行したからわからなかったが……町を出歩くモンスターが多い。色んな種族がいるな。人間と笑顔で話している姿もみえる。人間とモンスター。かつては分かり合えない遠い存在だと思っていたが、こういう景色を見ると、決してそうではないのだと実感できる。


「姐さーん! ミネア姐さーん、大変だ!!」

 男がすごい剣幕で走ってくる。

「どうしたのさ、朝から」

「旦那が、ルドルフの旦那が……帰ってきた!!」

「え!? あの人が……ホントに!?」

「こんなこと嘘つきやせんよ! はやく、はやく港へ!」

 俺たちは港へと走った。


「ミネア!」

「……アンタ!!」

 5年前とほぼ変わらぬ風貌のルドルフが、ミネアをがっちりと抱きしめた。

「悪かったな、遅くなっちまった。新大陸を発見してな。時を忘れて冒険にあけくれちまった。寂しい想いをさせたな」

 ミネアは首を振る。

「ううん。よかった、無事で……ホントに……よかった」

 ミネアはルドルフの胸の中で泣いた。

「よう、ルドルフ。ずいぶんと美人の嫁さんもらったなみてぇだな。すげぇいい女じゃねぇか。そんな女を泣かせるなんてな」

 俺はごきごきと手を鳴らした。

「お! レオンじゃねーか! 久しぶりだな! で、どうした。なんで腕を回してんだ」

 まるで昨日別れた友にでも会ったかのような口ぶりと表情にむかむかした。俺がどんな想いで……まぁ、いい。いいさ。


「よし! とりあえず殴らせろ」

「は? てめェ何言ってやがる。とりあえず酒だろ。再会を祝して」

「酒は後だ。殴る。お前が泣くまで殴るのをやめないぞ、俺は」

「レオン、なにがあった。オレ様が何をしたって……うおわあっ!」

 まず一発。これくらいだと弱いか? ルドルフ相手だと加減がわからん。

「いてぇっ! この野郎! 何しやがる……ってうごあっ!」

 二発目。ミネアは笑っている。

「み、ミネア!? 笑ってないで助け……げふあ!」

 三発目。うーん、これはいまいち。


 俺はルドルフが泣くまで殴り続けた。七発目でやつは泣いた。これくらいで勘弁してやるか。

「いでぇ……てめェ、覚えていろよ」

「もう忘れた! そんじゃま、酒でも飲みにいくか」

 俺はルドルフの肩を抱いた。そしてミネアの方を見る。

「な、帰ってきただろ」

「……うん!」

 ミネアはとても嬉しそうに笑った。ああ、よかった。本能に負けないで本当によかった。

「なんだぁ? レオン、てめェ、ミネアにちょっかい出してねぇだろうな」

「出すわけねぇだろう! このっ!」

「ぎぎぎ」

 俺はルドルフを羽交い絞めにしてやった。ルドルフにこんなことできるのは俺くらいなもんだろうな。

「うふふ、昨日は楽しかったわよねー、レオン」

「ちょ」

 ミネアは片目を瞑り、ちろっと舌を出して見せた。

「ミネア!? どういう……」

「さー、どういうことかしらね? うふふふ」

「ミネアー! 待ってくれー、ミネアー!」

 ルドルフが泣き叫ぶ。

「先に酒場に行ってるわねー! お酒、お酒!」

 ミネアは跳ねるように酒場へと向かって行った。


「レオン、てめェ、本当に何もなかったんだろうな、おい!!」

「なんもねぇっての。いいから早く酒場に行こうぜ」

「……ん? レオン。レオン……そうだ! 思い出した!」

 ルドルフが急に大きな声をあげた。あまりにもでかい声なので、行き交う人々がみんな足を止めてこちらを見ていた。

「レオン、重要な話だ。帰ってくるときに補給で寄った港で得た情報だ――」

 

 その話を聞き、俺は硬直した。

「……そんな。だってあいつは」

「時間がねぇ。早く行ってやれ。きっと”彼女”は、てめェを待っている。ここより北東の大陸セフィルだ。覚えているな、森の中央の大神殿を。そこに彼女はいる」

「この港に転送魔法を使えるやつはいるか?」

「ああ、すぐそこの赤い屋根にいる」

「ルドルフ、酒はまた今度な。行くぜ」

「ああ、いつでも来い。しばらく航海は休みにする」

「ミネア、手放すなよ」

「当たり前よ。今回のことでわかったよ。ミネアが長く側にいねぇと、胸に穴が開いたようだった。次の航海の時には一緒に……ってもういねぇ!」


 急がなければ。一刻もはやく、あいつに会いにいかなければ。

 俺は転送魔法で、北東の大陸へと向かった。

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