第5話 ミネアとルドルフ(後編)

「好きなだけ食べて、好きなだけ飲みな!」

 ルドルフとモンスターがいきなり現れて、テーブル3卓くらいにびっしりと料理や飲み物が並べられるもんだから、酒場はちょっとした騒ぎになったわ。

「おらおら酔っ払いども、今日はオレ様のおごりだ! 好きなだけ飲んで騒げ! がっはっはー!!」

「ひゃっはー! ルドルフのだんな、太っ腹すぎるぜ!」

「うおぉぉぉっ!」

 騒ぎをかぎつけて、他の酒場からも人がやってくるもんだから、もう、大混乱ね。

「どうした、食え、飲め! さわげ!」

「……そんな気分じゃないわ。仲間たちが死んでしまったっていうのに……」

「今はんなこと考えるな、飲め!」

 有無を言わさず、あの人はアタシに飲み物を差し出した。酒だった。今となっては最高の香りにしか感じられないけど、その時はすごい刺激臭に感じられたわね、お酒。

 仕方なくアタシは、その時は得体の知れない飲み物だったお酒というものに口をつけた。

 口の中が焼けると思ったわね、最初。あの人の勧めるお酒はみんな度数高いからね。は鼻の奥が刺激されて、涙が出てきた。けれどその直後に、とても濃い果実の香りと味で口の中が満たされていった。お酒はアタシの喉を強く刺激した後で、甘い味とともに体の中に落ちていった。

「どうだ?」

「――おいしい」

「そうだろう! って本当に飲んだことなかったのか、酒?」

 アタシは頷いた。アタシは人里より離れた群れで生きてきたから知らなかったけれど、ラミアという種族はお酒に含まれるアルコールというものに耐性があるみたい。だから人間から奪ったり、もらったり、自分たちで作ったりもする群れもあるということをこの時知ったわ。


「ほら、飲め。まだまだたくさあるぞ」

 アタシは促されるままに酒を飲んだ。次から次に飲んだ。飲むたびに、涙が溢れた。止まらなかった。

「全部流しちまえ。辛いことも、悲しいことも、なにもかも全部な」

 そうしてルドルフも酒を飲み始めた。酒場の熱気、混乱の中、そこだけがなぎのように穏やかで静かだった。


 酒場にいたみんなはやがて酔いつぶれて、その場で寝てしまった。

 あの人はアタシを連れて、外に出た。

「見てみろよ」

「……あ」

 水平線から昇る太陽。夜が終わり、朝が来る光景を、アタシは初めてみた。

「大丈夫だ。どんな夜でも必ず明けるもんだ。オレ様たちはそのために戦ってきたんだ」

 あの人はこの時話してくれた。魔王を倒すために戦った冒険の日々を。アタシの知らない世界のことを。

「この港もモンスターが住みやすいようにしていかなきゃな。同じ世界に生きてるモンに、敵も味方もねぇ。戦いはもう、終わったんだ。なぁに、うまい酒とうまいくいもんがありゃ、仲良くできるさ。ミネアにも協力してもらうぞ。泣いてる暇はねぇ」

「……なんで。なんでアタシを……助けてくれるの」

「あ? 一目惚れしたんだよ。それ以上の理由はねえ! 惚れた女にゃ笑っていてほしいからな。がっはっはー!」

 そういって、あの人はアタシを抱きしめた。とても力強く、大きな人だと思った。委ねよう。この人に。アタシのすべてを。

 そしてアタシたちは結ばれた。


 それからアタシはずっと、あの人と行動を共にするようになった。船にも乗せてもらって、色んなところに行った。あの人は港町を取りまとめ、モンスターたちも町に呼び入れた。最初はひと騒動あったけれど、ふふ、あの人の言うとおりね。うまい酒とうまい食べ物があれば、みんな仲良くできた。お互い、姿かたちは違うけれど、仲良くできることがわかった。

 アタシの仲間を殺した連中は……アタシに頭を下げに来た。憎かったけれど、アタシは許すことにした。彼らは感動したといって号泣していた。それからというもの、色々と貢がれたり、酒をごちそうになったりと、アタシの家来みたいに働いていた。姐さん姐さんうるさいったらありゃしない。けど、あの人が留守の間は死んでも姐さんを守るって言ってくれてるし、危険が及んだ時にはほんとに命がけでアタシのために戦ってくれた。許すっていってるんだから、そんなに気にしなくてもいいのにね。助かっているけれど。

 

 毎日が楽しかった。幸せだった。こんな風に生きることができるなんて、夢にも思わなかった。


 あの人は港のことが落ち着くと、仕事のある程度は彼の部下に任せて、新しい冒険に出るようになった。未知の海域、未知の大陸、秘宝がオレ様を呼んでいるって。

 あの人はアタシに言った。

 危険を伴う航海だから、お前は連れていけない。だから、お前はオレ様の帰る場所を守ってくれって。どんなことがあっても、必ず帰ってくる。ミネアのところに必ず帰るって。

 ホント、勝手な人よね。でも、あの人はいつもちゃんとアタシのところに帰ってきてくれた。一緒にいられる時間は少ないけれど、その分、アタシたちは深いところで繋がっている気がした。遠く離れても、アタシたちは線で結ばれている。そう信じていた。

 ――それなのに、あの人は。


 ごめんなさい、大丈夫。

 アタシの話はこれでおしまい! ね、あんまり面白くなかったでしょ。

 次はまたアンタの話が聞きたいわ。そうね。恋人の話とかは?


 え? いないって? 嘘つかないで。嘘じゃない? 話しなさいよー。夜はまだ、長いんだから。


 


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