第4話 ミネアとルドルフ(前編)

「また来てるぜ、あの連中」

「けっ、誰がモンスターなんざ抱くってんだ。追っ払ってやろうか」

「ほっとけよ。そのうちどっかでのたれ死ぬさ」

 軽蔑の眼差しと、吐き出される罵詈雑言。それを浴びるのが、アタシたちの日常だった。


「ミネア姐さん……わたしもう嫌」

「……我慢しな。あんなのは相手にしなくていいよ。金持ちだけを狙いな。この港町にはそういう連中も集まってくるからさ」


 魔王というアタシたちにとって遠い存在がいなくなってから、住み家を追われたアタシたちは身体を売って生きながらえるしかなかった。人間に迂闊に手を出せば、すぐによってたかって狩られることになる。仲間たちが面白半分に殺されていく様を、アタシは何度も見てきた。

 そんな顔しないでおくれよ。魔王を倒したアンタたちに恨みなんてないわ。今は幸せに暮らせているし、感謝しかないわ。そう、これは過去の話なんだから。


 とにかくアタシは残ったほんの少しの仲間たちと、ひっそりと、特殊な性癖を持つ人間たち相手に身売りして食いつないでいた。幸い、たどり着いたこの港町は他の大陸からの船乗りたちや商人たちが代わる代わるに訪れていたから、どうにか客をつかまえることはできていた。

 生きるためには、金が必要だった。病気や怪我をしてもまともに取り合ってくれる人間は、ほとんどいなかった。けれど金を積めば、大抵のことは何とかなった。

 でも、そんな生活も長くは続かなかった。


 酔っぱらった人間たちが、家族を殺された恨みだといって、アタシたちの仲間を殺し始めたんだ。確かにアタシたちも人間たちを食い殺したこともあるからね。生きるために、ね。

 アタシも疲れてしまっていた。どこへ行っても、生きる場所がない。どうしようもない無力感。アタシは逃げることを諦めてしまった。

 そんな時だった。あの人が現れたのは。


「おうおう、弱いものいじめかよ。情けねぇ男どもだな」

「なんだぁ、おっさん! そいつはモンスターだぞ! 殺されても文句いえねぇヤツらだぞ」

「ハン! どっちがモンスターだか。楽しんでモンスター殺しまわるてめェらのほうがよっぽどモンスターに見えるぜ」

「このひげづら野郎……」

「お、お、おい、やめろ。こいつ……る、ルドルフだ」

「あ、あのルドルフだと!」

「ほう、オレ様の名を知っているのか。それじゃ、いっちょ相手してやるよ」

「や、やべぇ! す、すいやせん、調子乗ってすいやせん」

「に、にげるぞ!」

 瞬く間に酔っ払いたちが消えていく。何が起きているのか全然わからずに、アタシはただ呆然としていた。

 そこに急にあの人の顔がのぞき込む。何だか熊みたいな人間だなと思った。そうそう、あの人毛深いもんね。


「ふぅむ……どれ」

「きゃっ!」

 そりゃあね、いきなりおっぱい揉まれたらアタシでもそんな声あげるわよ。

「ここはまずまずだが、ちょいと痩せてるな。ちゃんと飯食ってるのか、ああ?」

「ちょっ、アンタなんなの!?」

 あの人は揉みながらアタシを品定めするように見ていた。そしてにかっと笑った。

「まぁ、合格だ! 名前は!」

「え? ごうかく? あ、アタシはミネア」

「ミネアか。オレ様はルドルフ! お前、オレ様の女になれ!」

「は? な、なに、馬鹿なこと言ってるのさ、アンタ……アタシは」

「ミネア、酒はイケるか?」

「え? 酒? 酒って……きゃあぁ!」

 いきなり抱きかかえられるなんて思いもしなかったからびっくりしたわね。まさか人間にお姫様抱っこされるなんて夢にも思わなかったわ。ホント、嵐のような人。かと思えば、穏やかな海みたいに優しくなったり……不思議な人ね。

 そしてあの人は、そのままアタシを町の酒場へと連れて行った。


 そこでアタシは、酒とであった。

 アタシが心から愛するルドルフと酒に一度に出会った、始まりの夜。もちろん、一番愛しているのはルドルフよ。うふふふ。

 

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