第3話 海の王者の嫁
「実はアンタのことは旦那からよく聞いてたんだ。恐ろしく腕が立つ、大酒飲みで面白いヤツがいたってね」
ミネアはテーブルの上に酒の入った瓶を並べる。なんかどれも高級そうな雰囲気が漂ってきている。かつ美味そうだ。俺の喉がそれを欲している。
「するとミネアの旦那っていうのはやはり……ルドルフか」
「そうよ」
なんとなくそんな気はしていたが、まさかルドルフの嫁がラミアだとは。カイルといい、俺の仲間たちは一体どうしてしまったというのか。まぁ……本人たちが幸せならそれでいいとは思うが。まぁ、ミネアはモンスターとはいえ、ルドルフのおっさん好みのいい女だ。何よりも大酒飲みが好きだしな、あのおっさんは。
「ルドルフは今、どこにいるんだ?」
「今、あの人はね、大船団の提督やっているの。主に大陸間で交易したり、時間がある時はまだ見ぬ海を旅したりでほとんど陸には戻ってこないわ」
ミネアは少し、寂しそうに言う。
「ま、一緒になってくれって言われた時からわかっていたことだけどね。さ、飲んで飲んで」
「いいのか、これ。ルドルフの分もあるんじゃないのか」
「いーの、いーの! あの人、戻ってきたらまたいっぱい異国のお酒もってきてくれるし!」
「そうか。それじゃ遠慮なく」
「ね。酒の肴にあの人の話、聞かせてよ。アタシの知らない、あの人のことを」
俺たちは杯をあわせて乾杯した。
そして俺は話してやった。ルドルフの出会い、そして共に冒険した日々を。
最初の頃は、ほとんど無理やり船を奪ってしまった俺たちに文句ばっかり言ってよくつっかかってきていたが、腕っぷしではかなわないっていうんで、いつしか酒飲み対決をするようになったこと。それがきっかけで新しい町を訪れるたび、夜、共に酒場に繰り出したこと。ルドルフが語った、自分の夢のこと。
あとはあれだな、四天皇の……え、エドゥルなんとかってやつの側近の魔海のなんたらと戦った時、ルドルフが単身敵の船に乗り込んで大爆発を巻き起こしたこととか、町から酒を奪った500人規模くらいの盗賊団をやはり単身で壊滅させたこととか、酒のためにとある国に喧嘩ふっかけて俺たちがえらい目にあったこととか……後半は酒がらみの話しばっかりになっちまった。
「あはは、あの人らしいわね」
「ほんと、酒になると人がかわっちまうからな、ルドルフは」
「ホントほんと」
「何度痛い目にあったことか。でもまぁ、楽しかったけどな」
どんな困難や辛いことも、あいつらがいるから乗り越えられたし、楽しいとも感じられた。今となってはいい思い出になっているしな。
「……ルドルフには信念があった。世界中の海を航海して、誰も見たことのない大陸や秘宝を探すっていう夢のために、海から敵を追っ払ってやるって力の限り戦ってくれた。勇気づけられたな」
そう語る俺をじっと見つめるミネア。宝石のように輝き潤んだ瞳に、つややかな唇。透き通る白い肌。ほんの少し、頬が赤らんでいる。透き通るような白い肌に、そのほのかな赤色は映えていた。酒のせいだろうか。思わず俺は視線をそらしてしまう。
「うらやましい。アタシもあの人の隣にいたかったな」
「今、いるじゃねぇか。あいつの隣に」
「でも……あの人、帰ってこないの」
「帰って……こない?」
ミネアがうつむいた。
「ホントなら半年前に帰ってくる予定だったのよ。この仕事が終われば、しばらくはゆっくりできるからって……それなのに」
「これまでもそんなことがあったのか?」
ミネアは首を振る。
「数日くらい遅れることはあったけど、こんなに長い間戻ってこないことなんてなかった。こんなことなら、一緒についていけばよかった。オレ様の帰る場所を守っていてくれ。何があっても必ず帰ってくるって……そう言ってたのにな」
ミネアの瞳から涙が零れ落ちる。
ルドルフの身になにが起こったというのだろうか。いや、大丈夫だ。あの海の男が海で死ぬはずがない。魔の海域だって乗り越えたじゃないか。
俺が何か声をかけなきゃと思っていると、ミネアがぱっと顔をあげて笑った。
「ごめん、しんみりしちゃったわね。さ、飲みなおしましょ」
「あ、ああ。そうだな。今度は俺が聞かせてもらおうかな。ミネアとルドルフが出会った頃の話を」
「ふふ、いいわよ。あんまり面白くないと思うけど」
ミネアは酒に口をつけたあとで、静かに話し始めた。
夜は更けていく。
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