新しい翼

「……う、ん。あれ? あたし」

 シエルが目を覚ます。顔には血色が戻っている。

「まだ休んでいていい。昨日は疲れただろう」

「あ、そっか。たくさん歌って、いっぱい食べて、寝ちゃったんだ。あ~、楽しかったなー!」

「そうか。よかったな」

 シエルは酒場でのことを思い出しているのか、にやにやと笑っている。


「素晴らしい歌声だった。人間でもあそこまで歌えるやつはいないだろう」

「ほんとに!? すごかったの、あたしの歌?」

「ああ、覚えているだろう、酒場の連中の喜んでいた顔を」

「うん!」

「シエル。翼を失って辛いかもしれないが、キサマには歌がある。歌でみんなを元気にできる」

「あたしが……みんなを元気に? ダガーおにいさんのことも、元気にできた?」

「ああ」

 おれはシエルの頭を撫でた。

「レオンおじさんのことも……ってあれ? おじさんは?」

 おじさん、か。あいつは確かおれより若かったはずだが。

「あいつはシエルとおれを家に送ったあとで、港町に戻っていった。まだ、旅を続けるそうだ」

「そっか。もう一度、競争したかったなぁ」

「また会えるさ。会おうと思えば、いつでも」

 あいつとはまたどこかで会う、そんな気がしてならない。


「シエル。傷が治ったら……おれと世界を旅しないか」

「……え?」

 シエルが目を丸くして、きょとんとしている。表情がころころ変わる、いつも通りのシエルだ。

「おれの楽器と、シエルの歌で、世界中の人に喜んでもらうんだ。笑顔にするんだ。人もモンスターも、みんな。おれとシエルならそれができると思う」

「……あたし、ダガーおにいさんと……一緒にいていいの? もう、飛べないのに……生きていていいの?」

「当たり前だろう。多少、不自由な思いをするからってなんだ。人間だって、目が見えない人や手足が不自由な人もいる。それでもみんな、懸命に生きているんだ。みんな、それぞれの翼をもって、飛んでいるんだ。心はいつだって、自由だ。それを知っていれば、なんだってできる。それでも不安なら、おれがシエルの翼となる。ずっとそばにいてやる。だから、一緒に飛ぼう。この世界を」

 シエルはまじまじとおれを見たあとで、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「うえぇぇぇん! うれしいよー! あたし、ダガーおにいさんと一緒にいられる!」

 まるで洪水だ。目と鼻から色々とすごい勢いで流れている。

「ありがとう、ありがとう、ダガーおにいさんんうえぇぇぇん!」

「……礼を言うのはおれのほうだ」

「ダガーおにいさんが、あたしに? なんで? あたし、なにもしてないよぅ。ダガーおにいさんになにもしてあげられてないよぅ」

「……十分してもらったさ。あの時シエルに出会わなければ、おれは死んでいただろう」

「え!? やだ! ダガーおにいさんしんじゃやだぁぁうえぇぇん!」

 涙とか色々飛んできた。

 そう。あの時おれは自分の命を絶とうとしていた。それがこうして生きながらえ、そしてここでまた新たな道を見出すことができた。

 おれの”罪”は消えることはない。だが、逃げはしない。多くの命を、今度は……救ってみせる。それですべてが償えるとは思っていない。失ったものは戻らない。おれは責められ続けるだろう。どれだけ許しを願っても、許されないかもしれない。それでもおれはこの世界で生きるということを選んだんだ。

 おれはもう、縛られない。シエルの新しい翼となり、この世界に羽ばたくんだ。

「大丈夫だ。約束しよう。おれはシエルをおいて死にはしない」

「うん、うん! 死んじゃだめだからね! 死んじゃいやだからね!」

 またしてもびえぇと泣いたと思ったら、今度はぴたりと涙が止まった。そしてじっとおれのことを見る。次は火がついたように顔が赤くなった。


「ずっとそばにいてやるって……それって愛のこくはく!? け、けけけけっこんするってこと!? きゃー! きゃー! ダガーおにいさんのお嫁さん! きゃーやったー!」

「キサマ……」

 飛躍しすぎだろう。おれは体の力が抜けるのがわかった。

  

「けっこん! けっこん! そ、そそそれじゃ、ちゅーしよ! ちゅー!」

「なぜだ」

「ふうふって、ちゅーするんでしょ!? お父さんもお母さんもちゅーしてた、たしか! ちゅー、ちゅー!」

 シエルは唇を突き出してくる。

「……シエルにはこれで十分だ」


 おれはシエルの額に口づけした。


 シエルは目を丸くして、そしてまた真っ赤になった。


「いい女になるんだな。そうしたら、考えてやる」


「……うん! あたし、あたしがんばる! ダガーおにいさん、大好き!」


 抱きつこうとしてきたシエルをおれは避けた。シエルが床に転がる。

「いたーい! ひどいよぅぅ!」

「ふ、はははっ!」


 笑うおれを見て、シエルは驚いていたが、すぐに笑顔になった。


 何よりもまばゆい笑顔で、シエルは笑い続けていた。

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