第3話 黒の農夫登場!
「あー! 楽しかったー!」
ノエルはけたけた笑っている。つい調子に乗ってしまった。さすがにでかいイノシシ担いでのかけっこはちょっときつい。向こうは終始飛んでいたけれど。
「あ、もうちょっとで到着するよー! ダガーおにいさんに会える! うれしー!」
シエルはふんふんと鼻歌を奏で始めた。
「ダガーと会えるのがそんなに嬉しいのか」
「うん! あたしダガーおにいさん好き!」
ずいぶん懐かれているようだな、ダガー。あいつとこのハーピーに何があったというんだ。
「あいつの何がいいんだ?」
と興味本位で聞いてみる。
「ダガーおにいさん、とても優しいんだよ。あたしが困っている時はいつも助けてくれるんだ! 大怪我して動けない時も助けてくれたし、人間さんが獣捕まえる罠にひっかかった時も助けてくれたし、みつりょーしゃっていう変なおじさんに捕まりそうになったときも助けてくれたんだ!」
ずいぶんと注意力散漫というか危なっかしい子だな、シエルは。それにしてもあいつが人助けならぬモンスター助けだと。あいつも少しは人間らしくなったのかね。
「あとね、時々がっきひいて歌ってくれるんだよ! げんがっきっていうの、すごく上手にひくんだ! かっこいいんだよ!」
げんがっき? ああ、弦楽器か。あいつ、そんな特技があったのか。まぁ、手先は器用だからな。しかしいつの間にそんな趣味が。そいつは本当に俺の知っているダガーなのだろうか。別人な気がする。とにかく、ここまで来たら会ってみるか。
「ああ。はやく会いたいな……ダガーおにいさん」
シエルのその顔は恋する乙女。モンスターを惚れさせるとは……いかんいかん、カイルのとエリーゼさんのことを思い出してしまう。まさかここもくっつくんじゃないだろうな、いい感じに。
そうしている内に、わりと大きな村についた。というか近くに山なかったな。移り住んできたってことかな。
俺はずるずるとイノシシを引きずながら村を見渡して歩いた。
「あ、こっちだよー」
「え? こっち」
シエルが案内した方は、村から少し離れたところ。畑には多くの種類の野菜が生っている。うーん、どうやら人違いの線が強いな。あいつが畑仕事なんてするわけが――。
「けっ、相変わらず背後からの挨拶かよ」
俺は指で首に走ってきたナイフの刃をつまんだ。
「ち。勘は鈍っていないようだな」
「ダガーおにいさん! あ、この人ね、この人ね!」
「また来たのか、シエル。知らないおじさんにはついていかないようにいかないように言っておいたはずだ」
「う。ご、ごめんなさい」
シエルはしょぼんとしてしまった。
「おいおい、そんなに邪険にするなよ。かわいそう……だ、ろ」
振り向いた俺は言葉を失った。
だ、だれだこいつは。いや、ダガーだ。間違いなくダガーなのだが……いやだれだ!
麦わら帽子みたいなものを被り、健康的に日焼けした肌、そして農夫がよく着ているオーバーオールも着こなしている。さらに、肩まであったうざったい長髪も切ってやがる。俺の首に走ってきたものはナイフではなくクワであった。
俺の知るダガーがこんな格好していたら全く似合わないが、今の目の前のこのダガーらしき男は、この農夫姿がずいぶんと様になっている。
「ダガー……だよな、お前」
「5年経って目が腐ったか。何なら試してみるか」
鋭い殺気が放たれた。間違いない。こいつはあのダガーだ。黒の暗殺者(笑)という2つ名を持つあのダガーだ。
「あの、シエルね、シエルね、ダガーおにいさんのために獲物とってきたんだよ!!」
と、シエルは翼の腕でばかでかいイノシシを指し示した。
「……またこんなものを。いらぬ世話だと言ったはずだが?」
ダガーは鋭くシエルを見る。シエルは泣きそうになってうなだれる。
ダガーはため息をついた。
「捌いて村の者に持って行ってやるか。シエル、手伝え」
「うん! えへへ!」
あのー。
もしかして俺、完全に蚊帳の外ですかね。
よし。
帰ろうかな!
「何をしている。キサマも手伝え」
「う、うん」
え、手伝うの?
イノシシ捌くとか嫌だなぁ。俺、客なのにな。ま、いいか。
俺はシエルに続いて、ダガーの家へと入っていった。
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