第2話 ハーピーはイノシシと共にやってくる
野を越え山を越え。穏やかな景色がどこまでも続いている。ここまで島の住人にまだ誰とも出会っていない。モンスターでもいいから何か情報が聞ければいいのだが、遭遇するのは野生の獣ばかり。俺は獣とは会話できないしなぁ。
まぁ、最悪見つからなくても、あいつと会うのは後回しでいいか。考えてみれば会ってもあんまり話すことねーし、あいつと。
次はちょっとした運動がてら、あの岩山にでも登ってみるか。岩山の上から周辺を確認してみよう。のんびりと歩くのに飽きた俺は、遠くの岩山へと走っていった。
岩山のてっぺんにはあっという間に到着した。見渡す限り……何もないな。この島ははずれだったか。せめて人が住むところにはたどり着きたいな。野宿は避けたいところだ。
少し休憩したのち、俺は岩山を下り始めた。その途中。
「いやあぁぁぁあぁだれかとめてえぇぇぇぇぇえええぇ!!!」
土煙をまき散らしながら、どどどと重たい何かが接近してくる。あれは……イノシシ? ばかでかいイノシシがものすごい勢いで俺めがけて走ってくる。ってイノシシがしゃべっただと?
「そこのおじさん、どいてえぇぇぇ! あぶないいぃぃ!!」
声はイノシシの背中のあたりから飛んできている。よく見れば、その背には女の子が乗っていた。いや――違うな。
手は鳥の翼。鋭い鷹のような足爪が、イノシシの背中に食い込んでいる。あれは半人半鳥のモンスター、ハーピーだ。どうやら獲物を捕まえようとしたはいいが、食い込んだ爪が抜けなくなってしまったようだ。やれやれ、仕方ない。
「すまねぇな、イノシシ。悪く思うなよ」
俺は迫るイノシシにむかって、拳を振りかざした。
「よっ、と。よし、抜けたな」
俺は地面にめり込んだイノシシの背中から、ハーピーの食い込んだ爪を抜いてやった。
「あ、ありがとう! おじさん!!」
淡い桃色の髪をしたハーピーが飛び跳ねて喜んだ。
……おじさんね。まぁ、俺もいい年だしな、仕方ない。仕方ないけど、そこはちょっとおにいさんとか言ってもらいたかったけどね。
「あー、びっくりした! どうなるかとおもったー! へへへへっ!」
たまたま俺がいたからいいものの、ホントどうなっていたことやら。命の危険だったというのに、ハーピーは無邪気に笑っている。
「ところでおじさん、だぁれ? どこから来たの?」
「おじさんはレオンっていうんだ。ここからずっと遠い大陸から来たんだよ」
自分でおじさん言うとちょっと悲しくなるな。
「ふぅん。あたしシエル! 遠い異国の言葉で”空”っていう意味なんだって!」
にししとシエルは笑う。よく笑う子だ。とてもいい笑顔だ。
ハーピー、か。俺は何匹の命を奪っただろうか。どれだけの命を踏みにじったんだろう……俺は。
「どしたの、おじさん?」
「いいや、なんでもない。ところでシエル。俺は人を探しているんだが、ここらへんで……えっと、背が高くてひょろっとしてて、髪は黒くて長くて、ちょっとたれ目で右目の下にほくろがあって、根暗で根性がひん曲がってて、むっつりすけべな変態っぽい男の人を見たことはないかい?」
「ん~? むっつりすけべ? へんたい?」
シエルはうーんと考え込んだ。
「背が高くて髪が長い……って、あっ! ダガーおにいさんのことかな!」
俺はおじさんであいつはおにいさんかよ。なんでだ。俺はそんなに老けてるのか。あいつより確か年下のはずなのに。くそう。
ともかくこれで、あいつの居場所がつかめそうだ。
「シエル。悪いんだけど、おじさんをダガーおにいさんのところまで連れて行ってくれないか?」
「でもー、ダガーおにいさん、知らないおじさんについてっちゃダメって言ってたよ?」
あのやろう。正しいが、なんだか釈然としねぇ。
「でもでも、おじさん優しい人そうだから大丈夫だよね! いいよ! 案内してあげる!」
魚人にも優しいとかなんとか言われたけど、俺はモンスターの目から見ると優しそうな感じにでも見えるのか。染み付いたモンスター血の匂いは相当なものだと思うんだがなぁ。
「あ、ちょっと待ってね。う~ん、う~ん!」
シエルはめり込んだいのししを一所懸命に引き上げようとしている。
「何してるんだ?」
「このイノシシをね、ダガーおにいさんにあげようと思って! きっと喜んでくれると思うんだ! でも重いー!!」
いや無茶だろ。ま、手土産にしてやるか。俺は片手でひょいっとイノシシを引き上げた。
「わっわっ!? おじさん、すごーい!」
「おじさんは力持ちなのさ。それじゃ、案内してくれ」
「うん! こっちだよー!」
ひゅーんとシエルは飛んでいく。おーい。
「こっちこっちー! はやくはやく!」
ははは。こやつめ。よかろう。俺の力を見せてやる!
俺はイノシシを担ぎ、跳んだ。
「わっ、はやい! 負けないよー!」
俺も負けん! やってやるぜ!
競争に夢中で、意味もなく島を10周くらいしたのに気づいたのは日が沈みかけた頃だったとさ。
旅は続く!
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