第1話 妖精を拾ったがうるさいので投げ捨てた

 次に目指したのはリディル大陸のすぐ北西に位置する、小さな島が連なるユード諸島。自然が美しいところらしい。前の旅の時には立ち寄らなかったところだな。

 最近では珍しい、そしておいしい魚が獲れるっていうんで、リディルの漁師たちがよく立ち寄って、漁をしているようだ。俺は漁師の一人にお願いして船に乗せてもらった。

 ユード諸島の近くの海はとても青く透き通っていた。泳いでいる魚がよく見える。

 海辺に降り立った俺は、漁師のじいちゃんに礼を言って別れた後、大きく背伸びをした。


「ここにあいつがいるのか。あいつにゃ全然似合わねぇ島だなぁ」

 なんたってあいつは根暗だ。根暗っていうか存在そのものが暗い。その上むっつりすけべえに違いない。なんていやらしいやつだ。そんなあいつが、太陽がまばゆく照り付け、青々としている自然に囲まれて生活している姿が全然想像できねぇ。

 ここの大陸に生える薬草が傷にとてもよく効くから、療養しに行くと言っていたが、まだいるのかね。少なくとも情報は得られるはずだ。

 確かその薬草が獲れるのは、山のふもとの村の近くって話しだったな。どの島か山かわからないが、急ぎの旅じゃないからのんびりと探すとするか。


 歩き始めようとしたその時。ぷーんという耳障りな音がした。蚊か。俺は蚊を叩き落とした。バシッと。

「ぷぎゅう」

 ぷぎゅう?

 なんだ今の変な音は。

 砂浜に叩きつけられたそれを、俺は見た。でかい羽虫だ。うえっ。

 俺は羽をもって、それをつまみ上げた。変わった虫だなこれ。

 虫?

 いや、これは虫じゃないな。人型をしている。するとこいつは妖精か。すげー久々に見たな、妖精。悪いことしたな。

「い、いたいですぅ」

「悪い悪い。蚊かと思って叩き落としちまった」

「ひどいですよぅ」

 妖精はしくしくと泣いている。

 それにしてもなんか汚らしい妖精だった。いや、まじまじと妖精みたことはないが、こんなに汚いもんなのか?

 金色っぽい髪の毛は汚れて茶色に。白い肌っぽいけど、黒くすすけているし、身に着けた葉っぱみたいな服もボロボロ。何にしてもくさい!

「ひゃああ」

 俺はほいっと妖精を宙に投げた。

「もー! いきなり何するんですか人間さん!」

「うん、いや、まぁ。それじゃあな」

「待ってください、待ってください! あのですね、わたくしはですね、えぇと……なんだっけ? あれ? 名前が思い出せません!」

 俺が叩いたときに頭でも打ったのだろうか。記憶喪失ってやつかな。ますます悪いことをしてしまった。

「あれー!? どうしよう! 何も思い出せないです! そもそもわたくしはどうしてこんなところにいるんでしょう? 何をしていたんでしょう?」

「いや、俺に聞かれても」

「えーん! どうしよー! どうしよー! 助けてください、人間さん! わたくしとあなたの仲でしょう? お願いします」

 どんな仲だ。

 妖精はわんわんと泣きながら俺の周りを飛び回る。

 困ったな。これはやっぱり俺のせいか? 俺のせいなのか。それにしてもうるさいな、この妖精。

「おなかすいたよぅ、おふろにはいりたいよぅ、わーん、わーん! わふぅ!?」

 俺はむんずと妖精をつかんだ。そして――。


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ぶん投げた!


 妖精は空に消えていった。


「つい投げてしまった……。すまんな、妖精……」

 俺は空に向かって手を合わせた。さらば妖精。お前のことは忘れない。


 さて。行くか。

 

 あいつを探しに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る