第5話 エリーゼのために(中編)

「美味い! これも美味い! 人間とは、こうも美味く獲物を食す工夫を施すことができるというのか!」

「料理っていうんだよ」

 目の前の赤い髪と瞳の女性は、汚れた口も拭わず、食べ物と唾を散らしながら歓声を上げている。

 とある町で立ち寄った酒場。テーブルの上に皿がどんどん積み重なっていく。店の人が片づける間もなく、天井付近までの皿の塔が完成した。さらに樽いっぱいの酒を片っ端から飲み干していく始末。圧巻だ。


「おかわり!」

「は、はい~!」

 ちなみに僕の前のその女性は、ドラゴンが魔法で人間の姿に変身したものだ。ドラゴンは膨大な魔力を持っている。あらゆる魔法を使える、それがドラゴンなのだ。

「焼いたり煮たり、味を足したり、食物どうしを組み合わせたり……それだけではない! 見よ、この見た目! 美しい盛り付けを! こんなことにもこだわるのか! これはもはや魔法だな!」

 と、見せてくれた料理は一瞬で皿から消える。時々皿ごと食べてるような気がするけど、まぁ、気にしないことにしたよ、僕は。

 世界の全てを知るものと豪語していたのに、なんていうか……もはやかわいらしい。

「なんだ、じっと見て。お前も食べないのか?」

「いやぁ。なんだか見てるだけでおなかいっぱいになってきたよ」

「そうか」

 ドラゴンは気にする風でもなく、食事を続ける。ちなみにドラゴンという種族は食事をあまり必要としない。自然に満ち溢れている”マナ”というものを取り込んで活動源としている。こうして味わって食事をとるなんてことはないんだ。


「あ、そうだ。君のことはなんて呼べばいい?」

「名はない。我は名など持たぬ。好きに呼べ」

 僕は一瞬悩んだけれど、すぐにその名前が頭に浮かんだ。

「エリーゼ。エリーゼって呼んでもいいかな」

「好きにしろ」

 エリーゼ。そう、エリーゼ。ようやく君も思い出したかな。賢者様が育てていた花の新種だよ。とても綺麗な赤い花。朝露が太陽の光に照らされると、それはまるで赤い宝石のように輝いていた。僕はその光景をまたいつか見たいと願っていた。

「なんだ。何を笑っている」

「なんでもないよ」

「そうか」

 エリーゼは食事に夢中だった。結局、酒場の料理と飲み物をすべて平らげたところで、ようやくエリーゼは一息ついた。気が付けば、僕たちの他のお客さんはいなくなってしまっていた。さすがに目立ちすぎたかな。

「人間が作り出す料理はもっと色々あるよ。地域独特の料理があったり、味付けも異なるし……」

「よし! 次に行こう! はやく行こう!」

「う、うん。ちょっと落ち着こうか。まだ旅は始まったばかりだし」

「我は落ち着いておる。常に落ち着いておるぞ。さあ、カイルよ。我が背に乗るがいい。どこにでも一瞬で飛んでいくぞ」

 落ち着いていないね、これ。僕は苦笑するしかなかった。


 ん? ”王”の命令を無視して旅してなんで大丈夫だったかって?

 エリーゼのおかげで、その問題は解決していた。

 エリーゼの鱗1枚を魔法で変化させて、ドラゴンの頭を作り出してリディル大陸に置いてきたんだ。僕の剣を突き立ててきたから、それで欺けたみたいだった。僕は今でも行方不明扱いになっているはずだよ。知らなかった?

 まぁ、そんなもんだろうね。平和になったとはいえ、まだまだ復興には時間がかかる。傷はまだ、癒えていないんだ。世界を救ったとはいえ、いなくなった人間のことを気にかける余裕なんてないさ。

 旅をしている時は僕の外見も変えていたし、バレることはなかったな。というよりも世界を救った勇者の顔をほとんどの人は知らないだろうしね。一つのところにあまり留まったことなかったし。


「エリーゼ。一つお願いしたいことがある」

「なんだ」

「これからの旅は徒歩で行く。時には乗り物に乗ってもいいけれど、基本は歩いて旅をしたい」

「……ふむ。世界は人間にとっては広いとはいえ、我にとっては小さきものだからな。よかろう。行先は任せる。が、まずは食事だ。次に行くぞ」

「……はい」

 僕は酒場が2軒くらい建てられるような金額の価値がある宝石を支払いの代わりにし、次の店へとエリーゼを追いかけた。

 酒場のマスターは白目をむいて気絶してたっけなぁ。



「人間というのは細かい作業も得意なのだな」

 とある市場にて、露店で売っている耳飾りや首飾り、腕輪、指輪を眺め、エリーゼは感嘆した。

「宝石を美しい形に整える技術も持つのか。しかも最も輝くように計算されている。そしてこれは……こんな小さなものにも模様が彫られているのか?」

 指輪を手に取り、まじまじと眺める。

「おいおい嬢ちゃん、そいつぁ売りモンだ。さっきからず~っといるが、冷やかしなら帰ってくんな」

 露店のおやじがそう言うと、エリーゼの目の色が変わった。

「我にものを言うとはなかなか度胸が――」

「おやじさん、この指輪買いますから、もう少し見させてください」

「はん、てめぇみたいな若造にゃ手の届かなねぇ代物だぜ。なんたってそいつぁ」 露店のおやじは僕の差し出した袋の中身を見て、言葉を失ったようだった。

「では、ごゆっくりとどうぞ、お客様」

 僕たちは魔王を倒した英雄として、一生かけても使いきれないような報酬をもらっていたからね。もはやなんでもアリさ。

 エリーゼはまた、視線を装飾品に移し、手に取っては驚きの声を上げるのだった。


「ところでエリーゼ。なんで人間の女性の姿に変身したの?」

 旅の途中。僕はそんなことを聞いた。

 ドラゴンというものに性別はないとされている。生殖機能はなく、世界の根源”大いなるマナ”から生まれ、そしてまた還っていくという。

「大いなるマナか。そんなものは存在せぬ」

 エリーゼは僕の心を読んだかのようにつぶやいた。

「姿かたちにこだわりはない。だが、なぜだかこの姿が頭に浮かんでな」

 エリーゼは自分でも不思議だと言い、首を傾げた。でも僕は、なんだかこの女性の姿を知っているような気がした。

「それにしても人間はモノを創り出すのが得意だな。神の所業か。しかし、創り出すために自然を壊したり、他の生物の命を奪ったりする」

「それはやはり、よくないことなのかな」

 エリーゼは首を振った。

「種族を維持するという本能に従っているまでであろう。もともと種というものは、存続するために他を犠牲にするものだ。種としての人間は強い。しぶとくこの世界で生き延びるであろう。我が滅ぼさぬ限りはな」

 滅ぼす。そう言ったエリーゼは不敵に笑ってみせたが、本気ではなさそうだ。

「しかし、人間とは面白いな。人間の文化というものは知識として持っていたが、こうして実際に間近でその営みを見ると実に興味深い。愚かなものもいれば、心根がきれいなものもいる」

「そう。同じ人間は一人としていないんだ」

「ふ。もっと色々なものを見せてくれるのだろう。期待しているぞ、カイル」

「うん、任せておいて」

 僕とエリーゼの旅は続く。


 僕たちは世界中を旅した。

 ちなみに、僕たちが持っていた世界地図。あれがこの世界の全てではないことを知ったよ。僕たちが知っていた世界なんて、本当にちっぽけなものだったんだ。

 エリーゼはこの世界の全てを知っている。ただそれは単なる知識でのこと。実際に間近で世界を見て、多くの種族の営み、文化に触れるのは初めてのことだった。まぁ、一番の楽しみは料理を食べることみたいだったけど。

 僕も戦いの旅では気づかなかった、多くのことを知ることができた。そこで暮らす人々や種族のこと。美しい自然。見るもの全てが真新しく感じた。

僕たちの旅は、お互いに何もかもが新鮮だった。

 時には灼熱の砂漠、時には氷点下の氷原、山や谷、海を越えて僕たちの旅は続いた。


 あっという間に3年の月日が過ぎていった。


 そして僕たちは――。


 

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