第4話 エリーゼのために(前編)

 魔王を倒してから一ヵ月後くらいだったかな。僕は再び王国に召集された。

 なんでそのことを話さなかったかって?

 そりゃあ、みんな動けるような状態じゃなかっただろう。君ですら魔王に受けた傷が完治するまで相当な時間がかかったんだろう? 僕の身体は君より特殊だから、魔王から受けた傷もすぐに治ってしまっていた。

 だから僕は一人で王国まで赴いたんだ。召集された理由はなんとなくわかっていたからね。

 そう。”王”は恐れていたんだ。世界を滅ぼす力を持つ、もう一つの存在に。

 僕たちが魔王の大陸に乗り込んだちょうどその時くらいに、多くの国から兵士を募り、大規模な討伐隊が結成されていたらしい。

 結果はわかりきったことかな。幸いなことに兵士たちに被害はなかった。咆哮一つでみんな戦意喪失。みんな散り散りに逃げ惑ったらしい。相手にもされなかったってことだね。

 最後の希望は、魔王を倒した勇者――僕だった。僕がやるしかなかった。


 一人でどうにかなる相手ではないことはわかっていた。でも君に話せば、死んででもついてくることはわかっていた。僕にはとてもそんな選択はできなかった。僕にとって君はかけがえのない親友だから。君には生きていてもらいたかった。

 僕は君に長い旅に出るとだけ告げて、この大陸へと向かうことにしたんだ。

 そう怒るなって。それにあの”王”に背けばどうなるかわかったもんじゃなかったからね。仮に僕が逃げるにしても彼らに剣を向けたとしても、大怪我で動けない君たちは捕らえられ、反逆罪に問われて死刑になるかもしれない。あの”王”ならやりかねない。みんなで逃げられたとしても、世界中どこに行ってもお尋ね者になる。

 大した問題じゃない? ははっ、そうだね。でも、みんなには家族がいるだろう。その家族にも彼らの手が及ぶことになることだけは避けたい。つまり、僕に残された選択肢は一つしかなかったんだ。

 

 僕は生きて戻らない覚悟だった。でも気分は……なんでかな、満ち足りていたよ。

 僕はこの世界に必要のない存在だと思っていた。僕のこの力はみんなを苦しめるだけだと思っていた。けれど、みんなを救えることがわかった。そして僕たちは世界を救った。僕はようやく、自分のことを認めることができた気がしたんだ。

だからもう、何も怖いことなんてない。僕は僕の役割を果たす。そのために、この命を懸けて戦うんだ。


 そして僕は、この大陸にたどり着いた。

 気配はすぐにわかった。凄まじい圧力が放たれていた。僕はゆっくりと近づいた。しかし、どういうわけか、間近まで迫っているというのに気づかれることがなかった。

 僕はかつて死闘を繰り広げた相手――巨大なドラゴンを前に足を止めた。ドラゴンはなんだか泣いているように見えた。

 戦ったあの時はそれどころじゃなかったけれど、なんて美しいドラゴンなんだと思った。ドラゴンはゆっくりと僕を見た。僕は息を呑んだ。まるで時が止まったかのようだった。

 無意識に、僕は手を伸ばした。そしてその赤く美しく輝く鱗に手を置いた。


『勇者カイルか。我を滅ぼしにきたか』

 僕は応えなかった。応えられなかった。

『なぜ……なぜ、泣く』

 僕は、泣いていた。涙が溢れて止まらなかった。

 一瞬の出来事だった。手が触れた刹那に、記憶が流れ込んできた。

 そうか。やっぱりドラゴンは泣いていたんだ。僕は、悠久の時を生きるドラゴンの孤独と哀しみを知った。そしてそれは、永遠に続くのだ。


『ふん。これはお前の記憶か。これが、お前が見てきた世界か……。我が見てきたものとはまるで違うな』

 ドラゴンにも僕の記憶が流れているようだった。

 孤高のドラゴンは知らない。考えもしないのだ。”弱いもの”同士の交わりが作って成り立ってきた世界というものを。

「よかったら僕と一緒に世界を見に行かないか?」

 僕は言った。なんでそんなことが口から出たのだろう。僕は命を懸けてこのドラゴンと戦いに来たはずなのに。でも僕にはもう、この美しいドラゴンと戦う気はなくなっていた。

 ドラゴンはまっすぐに僕を見つめている。僕もドラゴンを見つめている。

 

『世界を……見るだと? 我は全知全能、唯一の存在。世界の全てを知るものぞ。くだらぬ』

 僕はただ、黙ってドラゴンを見つめ続けていた。

 しばらくの静寂のあと、ドラゴンは言った。

『よかろう。くだらぬ余興に付き合ってやる。我を退屈させれば、その命、ないものと思え』

「ははっ、もとよりその覚悟で来たんだよ。命は惜しくない」

『ふん……では、案内してもらうとしよう』


 こうして僕とドラゴンは、世界を旅することになったんだ。

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