稲佐健吾の驚愕
夏休みも運動会も終わって、楽しいことが一通り過ぎ去ってしまった。
熱中症患者を大量に生み出した猛暑っぷりがまるで空想世界のことだったかのように、風は冷たく日は和らいでいた。その極端な差は、体調不良に陥る人間を再度生み出していた。
そんな環境でもぴんぴんとしている自分を誇るべきか悲しむべきかについて、オレは頭の1%くらいで考えながら、残りの99%で焼きそばパンの袋を開けた。
「で、どうだ? 立花さんや」
「何が『で、どうだ?』だ。脈絡もなくそんなことを聞くな」
席替えの結果前後の席になった時と同じように、立花は露骨に顔をしかめた。椅子に前後逆に座って――つまり後ろ向きに座って――オレは焼きそばパンを頬張りながらその表情を観察した。一方の立花はコロッケサンドをパイナップルジュースで流し込んでいる。
「いや、うら若き高校生の男女が一つ屋根の下で合宿。これで何も起きていなかったら、オレはお前をホモと断定せざるを得なくなる」
「お前、世の中の真面目に部活してる男女に謝れ。それにその理屈だったらお前もホモになるだろうが」
言い返してくる立花の表情、口調に動揺や緊張といった普段と違う点は見られない。
「ふむ、そうか。やっぱりお前はホモか……ああ、悪い。オレは残念だけど女の子オンリーなんだ。すまん」
「謝罪をしろとは言ったが、そういう謝罪じゃねえ。事あるごとに俺をホモにしようとするのはやめろ」
どこまで行ってもいつも通りの立花に、オレは揺さぶりを試みる。
「何、オレが寝ている間に何かあったのか? 何で起こしてくれなかったんだよ!! 誰だ? 誰とあんなことやこんなことを……」
「変なことを言うな! 何もねえよ!」
ダウト。
オレは知っている。あの夜に何があったのか。
「えー、本当に?」
「本当だ」
すっと目線を下げながら、立花は断言した。
ダウト。
立花が途中で目線を下げるのは、考えている時か嘘をついている時だけだ。
オレは心底つまらなさそうに呟いてみた。
「何だよ。オレの見込み違いかよ……恋愛とか発生するかなって期待してたのに」
「お前は何のために合宿に行ってたんだ……」
唖然とする立花に、オレはビシッと答えた。
「愛の伝道のために!」
「稲佐くん、次は来なくていいから」
立花の隣の席から、その反応は帰ってきた。視線は手元の本に落としたまま、福智さんは言葉を続けた。
「やっぱり、きみがいると身の危険を感じるから」
「大丈夫だよ、ちゃんと口説くから」
「どこを安心しろって言うんだ、お前は」
立花のことは無視して、俺は大袈裟に驚いてみせた。
「ハッ、まさか、福智さんは立花に惚れて――」
「そんなわけないでしょ」
にべもない一言。立花に落胆した様子は見えない。だけど。
ダウト。
あんなことがあって、二人の関係性に変化がないなんて思えない。徹底的に隠しているか、あるいは……無自覚かのどっちかだ。
「なら、オレに惚れてるのか。いやあ、モテる男はつらいなあ!」
「そんなわけないでしょ。何をどう考えたらそういう結論になるわけ?」
福智さんが辟易した様子で俺に目を向けた。
「え、立花に惚れてないなら、後は俺しかいないだろ?」
「何て短絡的……そもそも惚れていないっていう選択肢はないの?」
「そんな選択肢あったの?」
「わかってはいたけど、ダメだこりゃ」
福智さんが肩をすくめてボヤいた。それに立花も追随する。
「コイツがダメなのは当たり前だろ」
「だから言ったじゃん。『わかってはいたけど』って」
オレは二人を交互に見てから、最後の確認をした。
「息がぴったり合ってるよな。本当に付き合ってねーの?」
『ない』
即答だった。しかもハモリつき。
「本当に、つまんねえな」
焼きそばパンの残りを口に入れながら、俺は確信していた。
こいつら、全然気付いていない。
はてさてどうしたものか。
昼休み明けの数学の授業中。黒板に連なる数式を眺めながら、オレはそんなことを考えていた。
恋のキューピッドを自認しているわけじゃないけど、このままというのは面白くないし良くない気がする。
(とは言えなあ……)
不用意に首を突っ込めばバッドエンド確定だ。
(絶対に、ミスれないな)
今後の行動が招く結末、それを意識した。
ただ、その時のオレは気付いていなかった。
窓際の席に座る霧島さんが微笑んでいる、その
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