霧島「『告白ゲーム』なんてどうかしら」
霧島「私と、付き合ってくれない?」
今日も今日とて部室棟は静かだ。
そして、文芸部の部室もまた静かなものだった――ヤツが来るまでは。
「あそぼーぜ!」
「帰れ」
勢いよくドアを開けて開口一番に大声で叫んだ稲佐に、俺はド直球を投げた。
それをキャッチしつつも勢いは殺さず、稲佐は投げ返してきた。
「何でだよ!」
「やかましい。少しはトーンを下げろ」
「えー」
文芸部の日常と化し(てしまっ)たやりとりを眺めていた福智が、ため息をついた。
「……稲佐くんにさえ会わなければ、わたしは幸せなんだけどな」
「ちょっと、それはひどくない?」
「同感だ」
「だよな?」
「稲佐さえいなければ、もう少し世界は平和になる」
「お前もかよ!!」
いかにも裏切られたような顔で稲佐は俺を見てきたが、こいつは一体何を勘違いしているんだろうか。俺は断じてお前の味方じゃない。
なんて理不尽に思っていたら、予想外の人間が会話に入って来た。
「それで、今日はどうしたの? 稲佐君」
俺と福智が揃って稲佐から視線を転じた。いつもなら無言を貫いている霧島が、本を閉じて俺たちを見ていた。
いつもと違うからと言って、拒否したり茶化すつもりは毛頭ない。だが、人間なら誰しも予想外のことには驚くものだ。
現に、お調子者の稲佐ですら虚を突かれた様子で一瞬言葉を失っていた。
「おう、何となく遊びたい気分になってな」
「文芸部はお前の遊び場じゃねーんだぞ……」
「遊ぶなら一人で遊んでよ」
俺と福智で口々に文句を垂れる。
特にすることもないから賛成してもいいんだが、稲佐に任せてしまうのは問題だ。霧島が稲佐の側に立つことがほぼ100%確定している状況で、俺と福智は反対に回らざるを得ない。
案の定、霧島は稲佐のサポートに回った。
「特にすることもないし。稲佐君だって少しはわきまえているでしょ」
ね? と稲佐に向かって微笑む霧島から、有無を言わせない圧力を感じた。
福智に目を向けると、肩をすくめて頷いた。
「で? 何をするんだよ」
いつも以上に霧島が乗り気なのはいいとして、次の問題は何をするかだ。
「何をしようか」
「考えてなかったのかよ」
天井を見上げて考え込んだ稲佐に、俺は思わずツッコんでいた。まあ、らしいと言えばらしいが……いつもはもう少し考えているのに。
「じゃあ、『告白ゲーム』なんてどうかしら」
「こ、告白!? ぐぇ」
鼻息を荒くして稲佐がテーブルに身を乗り出した。即座にシャツの首元を掴んでテーブルから離す。
「じ、絞まる……ギブ、ギブ……!」
「ねえ、霧島さん。『告白ゲーム』って一体……?」
ジタバタと格闘する俺たちの横で、福智は霧島を警戒した目で見る。一方の霧島は、満面の笑みを浮かべて答えた。
「そのままよ。くじを引いてペアになった人が、お互いに普段思っていることを告白しあうの。別に愛の告白をしろだなんて言わないわ。普段言わないこととか、あるでしょ?」
「ある、かなぁ……?」
稲佐を見ながら、福智は疑わしそうに言葉を漏らした。
さっとルーズリーフを分割してくじを作った霧島が、俺たちに閉じた手を差し出した。
「とりあえず、やってみましょう。大丈夫。面白いことになるわよ」
そう言って笑う霧島に、俺はどことなく嫌な予感がした。
「さて最初は……あら、私ね」
ぴらり、と霧島が開いたくじを示す。そこには赤ペンで描かれたただの丸があった。
「よっしゃ、相手は俺だあああああああああ!!」
絶対に何かを勘違いしている稲佐が歓声を上げた。ハイテンションのまま霧島に向き直り、稲佐は声高に「告白」する。
「好きです。付き合って――」
「ごめんなさい」
稲佐、霧島の一撃であえなく撃沈。
ずぷずぷと沈みゆく稲佐からくじを
「あら、次はわたしだ」
今度は福智がペアのくじを引いたが、相手は――
「げ、俺だ」
「『げ』ってどういうこと? ねえ?」
福智にジト目で見られて、俺は大慌てで否定する。
「いや、お前が嫌とかそういうことじゃなくてな、ほら、何を言えばいいかわからねーからさ……できれば回ってきて欲しくなかったなと思っててな」
「ふーん?」
福智の視線がどんどん冷たくなっていく。いや違う。これはもう「無」だ。何の感情も感じられない!
「あー、えっと……」
しかし、何を言ったものか。
いざこんなことになってみると、言うべき言葉が思い浮かばない。きっと、言わなければいけないことがあるに違いない。福智に伝えるべきことがあるに違いない。そう感じながらも、俺の頭には何も浮かんでこなかった。
不意に、福智が呟いた。
「ありがとう」
「へ?」
くじを大事そうに両手で持ち、頬を少し赤く染めながら、福智は俺を見上げて言った。
「いつもありがとう。きみのおかげで、いつも楽しいよ」
「……そ、そうか」
何だ。
何だ、この、気恥ずかしさは。
「あら……ひょっとして二人ってデキて――」
「「そんな訳ないだろ(でしょ)!?」」
霧島の煽りに、ハモってしまって沈黙。
何だこれ。本当に何なんだ。
……ええい、もうヤケクソだ!
「ほら、続けるなりやめるなり好きにしろ」
テーブルの上にくじを放って、ふんぞり返ってみる。少しは回復した気がするぞ。
「まだ組み合わせは残ってることだし、続けましょう――あら、また私だ」
霧島がくじを見せた。
手元のくじを確認すると、そこには霧島のと同じ大きな丸が。
「今度は私と立花君のペアね。それじゃあ……」
考えるそぶりを見せた霧島だが、俺にはわかった。それがただのポーズにしか過ぎないことが。
「ねえ、立花君」
端正な顔たちで、霧島はささやく。
「私と、付き合ってくれない?」
俺たちの日常をかき回すことになる、その言葉を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます