霧島美鈴の熟考
「第1回、『稲佐くんがモテるためにはどうしたら良いか』会議開さ――」
厳かに宣言しようとした稲佐君を思いっきり蹴り倒す。そして横倒しになった彼の脇腹を踏みつけた。
「稲佐君? 一体どういう了見かしら?」
「ちょっ、そこはダメ、痛っ、ギブ、ギブ!」
「あら、してほしい(give)なんて、とんだ変態ね」
「違う、そっちじゃない、降参(give up)のギブ!」
心なしか喜んでるようだったけれど、しょうがない。喜ばれるのは本意じゃないし。
座り直した私の目に、意気消沈した福智さんの姿が映った。肩を落として、じっとテーブル上の一点を見つめている。
(しまった……)
即座に反省せざるをえなかった。今は稲佐君との相思相愛ぶりを見せつけている場合じゃない。
彼女の隣に、彼がいないのだから。
それは、私がやらかした時とも違う。私の時は、彼女のところに彼が帰ることができた。でも、今回は……
もう、帰ってこないかもしれない。
「では改めて……第1回、立花の記憶をどうやって取り戻すか検討しようぜ! 会議~まったく見当つかねぇけど~、開催!」
真面目なのか不真面目なのか判然としないながらも、それなりに厳かに稲佐君が宣言する。
今の状況を考えれば、不謹慎かもしれない。それでも、彼の明るさには救われる思いがした。
もちろん、そう思うのは私だけかもしれない。現に福智さんの表情は暗く、微動だにしなかった。
「取り戻すと言っても、どうするの?」
「それを今から話し合うんだろ? 何か案のある人~」
広くはない部室に三人、しかもその内の一人は沈黙していてもう一人は司会。……私しか残ってないじゃないの。
「そうね……」
沈黙が嫌だから、何か捻り出そうとするけれども、こういう時に限って何も浮かばない。
結局しばらく考え込んでから、ようやく浮かんだ言葉を口にする。
「デート、とか?」
「でえと?」
稲佐君が口を開けてぽかんとしていた。
「ほら、無くした記憶を再現したら、何か思い出したりするんじゃない?」
「誰が立花とデートするんだよ」
「それはまぁ、私かしら?」
「そうか……そう言えばそうだったな……」
必然的な答えだと思ったけど、彼は遠い目をしながらぶつぶつと呟いた。むぅ。乗り気じゃないのね。
仕方なく、修正案を提出してみる。
「私が立花君とデートするかはさておいて、記憶の再現は有効だと思うけど。この1年間でもいろいろあったじゃない」
「そうだな……」
腕を組んで唸りだした彼から目線を外して、部室の壁に当てもなくさまよわせる。
立花君、稲佐君、私の入部に始まって、ゲームをしたり合宿に行ったり……私と立花君が付き合ったり。
思い返せば、それなりにいろいろなことがあった。
どれか一つでも、立花君の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
なんて考えていたら。
「よし、合宿に行こう」
目を見開いて、稲佐君はそう言った。
「合宿? どこに行くって言うの?」
「海に行こう。ほら、夏に行ったやつを再現するんだよ!」
「ねぇ、春休みに行くにしても海のシーズンじゃないわよね……」
そこではたとあることに思い至った。
「……まさかとは思うけど、私たちの水着姿が見たいとか言う理由じゃないわよね?」
「んぐっ」
妙な声と泳ぐ目線。図星らしい。
「稲佐君? あなたのために何かをしようというわけじゃないのよ?」
「ももももちろん! ほら、皆の水着姿を見たら立花も何か思い出すかもしれないだろ!?」
「なら、あなたは参加しなくても良いわよね?」
「げはあ!?」
もはやどこから出しているのかわからない声……もとい音を発しながら、彼は悶絶していた。まったく、頼りになるんだかならないんだか……
脱線しかけた話を元のレールに戻そうとした時。
「……何もしないでいいよ」
危うく聞き逃すところだったほどの小さな声。
見れば、福智さんが顔を上げて私たちを見ていた。
「何もしなくていい。何も……」
ゆっくりと、自分に言い聞かせるかのように呟く。
「無理に思い出させるのはやめよう。それで、大丈夫」
何が大丈夫なのか、それを聞くことはできなかった。
彼女が浮かべた笑み。
それは確かな覚悟を感じさせた。
「二人とも、ありがとう」
そう言って、彼女は部室を出て行った。
「どうするつもり?」
福智さんの去った部室。
私は沈黙に耐え切れなくなって聞いた。
「どうするって、何を?」
「決まってるでしょ、立花君の記憶のこと」
ボーッと天井を眺めていた稲佐君は、ゆっくりと私に顔を向けてからにこりと笑った。
「それこそ決まってるだろ。何もしねーよ」
「そんな――」
「福智さんがいいって言うんだ。何もできねーよ」
そう、その通りだった。
「そうね……」
何とかしたい気持ちはある。でも、何もできない。
また、繰り返すわけにはいかないから。
「私、ハッピーエンドが好きなんだけど」
「オレもだよ」
バッドエンドになりそうなのは、私が選択肢を間違えたからかしら。
罪滅ぼしとは言わないけれど、祈らずにはいられなかった。
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