立花優輝の災難
福智瑠璃子の動揺
最悪だ。
「新年明けましておめでとー!」
冬休みの明けた教室。クラスはいつも以上に賑やかだった。
新年が明けた独特の高揚感。それはいい。
「あけおめことよろ、ということでお年玉をくれ」
「なぜ俺がお前にお年玉をやらなきゃいけないんだ」
背後から聞こえた会話に、胸がズキリと痛む。
声を掛けたくても、掛けれない。いや、わたしは学級委員だし、違和感なくできるかもしれない。……それでも。
ポケットに入れたハンカチを握って、言葉を飲み込んだ。
「幸い大きな外傷は無いわけですが……」
黒ぶちの眼鏡を掛けた初老の先生が、居並ぶ立花くんの家族やわたしを一人一人見た。そして、ひどく事務的な口調でこう告げた。
「ご様子を見るに、記憶に障害が出ているようです」
目の前が、真っ暗になった。
二人で過ごすと約束したクリスマスイブ。その日に、サンタさんは悪夢をプレゼントしてくれた。
……そう、夢ならどんなに良かったか。けれど現実はわたしの気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれなかった。
「悪いな、迷惑かけて」
病室で花を活けたわたしに、立花くんがひどく申し訳なさそうに言った。
「ううん。大丈夫」
「でも学級委員だからって何度も見舞いに来てもらってるからなぁ……」
心が抉られるようだった。
坂を猛スピードで駆け降りた車に跳ねられた立花くんは、ほぼ1年間の記憶を失っていた。
つまり、今の立花くんにとって、わたしはただのクラスメイトでありちょっと目立つ学級委員という認識でしかない。
わたしと立花くんの間に起こったこと、秘密、約束、何もかもが無かったことになっていた。
「また、明日」
「あぁ、ありがとう」
見送ってくれる立花くんの笑顔でさえ、わたしの心にヒビを入れる。
「あ……」
病院の外に出ると、雪がちらついていた。
積もりはしない小さな雪。それでも、雪自体が珍しいこの町では嬉しい。嬉しいんだけど……まったく喜べなかった。
わたしは、立花くんと一緒に雪を眺めてみたかった。なのに、今わたしの隣に立花くんはいない。
(そうだ、今から病室に戻れば……病室に戻って、「雪が降ってるよ」って言って、一緒に……)
踵を返そうとしたところで、はたと気付いた。
違う。そうじゃない。わたしが求めているのは違うんだ。ただのクラスメイトとしてじゃない。友達として……友、達、と、して――?
自分の気持ちのはずなのに、まったくわからなかった。わたしは一体何を求めているんだろう? このモヤモヤは、違和感は、一体、何?
どれくらい立ち尽くしていたんだろう。
病院から出る人、入る人、それぞれに不審がられながらわたしは固まっていた。
もう一度顔を上げた時には、既に雪は止んでいた。肩と頭のてっぺんがひんやりとしている。
黒く覆う雲は、まだ消えてはいなかった。
それでも微かに漏れる光を感じて、わたしは歩き出した。
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