福智「んふう!?」
「寒いな……」
吐息が白くなって、周囲に溶けていく。今日はここ最近でもかなりの冷え込みになるらしい。
本格的な冬にはまだ早い気もしなくは無いが、今年の冬将軍様はかなりせっかちなのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていたら、じきに目的地に着いた。
家からほど近い交差点。そこに、俺を呼び出したヤツはいた。
「待たせたな」
「あ、ううん。今来たところ」
いじっていたスマホから顔を上げて、手を軽く横に振りながら福智は笑った。
「それじゃ行くか」
「うん」
並んで、駅までの道を歩く。
今日は土曜日なんだが、午前中の比較的早い時間帯のせいか、そこまで人は多くない。ひょっとすると寒すぎて布団にくるまっているのかもしれない。……俺も布団にくるまりたいな。
「寒いな」
思わず呟く。冬用の肌着にタートルネック、そしてダウンジャケット。それなりに防寒はしてきたつもりだったが、冷気はわずかな隙間からも入り込んで来ていた。
ちらりと俺を見た福智が、申し訳なさそうに視線を下げた。
「ごめんね。早めの時間に来てもらって」
「いや、それは良いんだが……ああ、でも何でまた午前中からなんだ?」
不意に、福智の足が止まった。
振り返ってみると、なぜか怒った様子で腰に両手を当てていた。
「この間、わたしに先輩の世話を押し付けたでしょ? その償いをしもらおうと思って」
「え、根に持ってたのかよ……」
俺はげんなりとしたが、福智にとっては怒り心頭の事案だったらしい。かと思ったら、急に頬を赤らめて目を逸らした。
「あと、しばらくの間部活をサボってた償いもね」
恥ずかしいのか、なぜかその声は小さかった。つられて俺まで気恥ずかしくなってしまった。
照れ隠しに、大仰に振る舞ってみる。
「わかったよ。今日はお嬢様のご予定に付き合いますとも」
「うむ、苦しゅうない」
「お前はいつの時代の人間だよ」
「う……そ、そこはスルーしてよ」
一瞬の間。
すぐに、互いに腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと、何で笑うの!」
「わかんねえよ!」
なぜかはわからないが、無性におかしかった。
笑っていたら、寒さはどこかに飛んで行っていた。
「で、これを見ると……」
白田駅ビルの最上階。そこには映画館がある。
チケットの発券を済ませ、コーラとポップコーンも買い終えた俺たちは、外に設けられた画面に映る予告映像を眺めながら開場までの暇を潰していた。
チケットに書かれた映画のタイトルは「サメの逆襲」。B級感マシマシというか何と言うか。てか、これパニック系だよな? 冬に見るようなやつだっけ……まあ、じゃあいつ見るんだと言われたら困るが――
『嫌ああああああああああああ! 助けてえええええええええええ!!』
波打ち際で、見るからに外人っぽいスタイルの良いおねーさんが叫んでいる。その後ろを巨大なサメが追っかけているわけだが、一体全体どうなっているのか、ヤツは砂浜の上を滑っていた。
……本当にどうなってんだ、アレ。
「………」
隣を見れば、怯えた目で福智が画面を見つめていた。ひょっとして。
「おい、こういうの苦手か?」
「ひぇ!? そそそそそそそそそそんなことないよ!?」
はい、ビンゴ。
「何で苦手なのに見るんだよ」
「べ、別に苦手じゃないし。興味本位で選んで後悔とかしてないし?」
「まあ、良いが……」
ちゅーっと一生懸命にコーラを吸う福智の必死さに免じて追及はやめることにして、俺は最後に一言付け加えた。
「それ、俺のコーラだぞ」
「んふう!?」
むせた。思いっきりむせていた。げほげほ咳き込みながら、福智はキッと俺を睨む。
「早く言ってよ……」
「え、俺が悪いのか?」
理不尽に感じながらも、ハンカチを差し出す。
それをひったくるように取って、福智は口元を拭った。
「……洗って返すね」
ぼそりと拗ねたように言葉を漏らす。
「いいよ。どうせ汚れるもんだし」
「嫌だ。ちゃんと洗って返す」
俺も退かないが、福智も退かない。
『間もなく1番シアターにて上映を開始します「サメの逆襲」の入場を開始します。チケットをお持ちの方は……』
そうこうしている内に、開場のアナウンスが流れてしまった。
「ほら、行くよ」
結局、ハンカチは福智に握られたままになった。
『ヤツは危険だ! 早く逃げるんだ!』
……映画の内容自体は、事前に抱いていたイメージ通りだった。
のんびりとバカンスを楽しむ人々で一杯のビーチに、突如として巨大なサメが現れる。原理不明の砂浜サーフィンを見せつけながら、あれよあれよという間にたくさんの人々を喰らう。
ちょっと予想と違ったのは、縦横無尽に暴れまわるサメを退治するために戦車やら軍艦やら戦闘機まで登場し、挙句の果てにはミサイルでビーチごと消し飛ばそうとしたところだった。
すごくアホらしく感じるが、それでもそれなりの緊迫感というものはあって、妙に目を離せない。目からビームを発し始めたサメを注視しながら、ポップコーンに手を伸ばす。
あ、容器をかすってしまった。この辺か?
スクリーンでは、数打ちゃサメも防げないということで一度に多数のミサイルを撃ちこもうとしているところだ。
変にドキドキしながら、手をポップコーンの山へと下ろす……あれ、掴んだのは良いが何か柔らかいぞ?
「ちょっ、立花くん!?」
「へ?」
手を強く叩かれて、初めて思い至った。これはポップコーンじゃない、む――
ドォオオオオン!
爆ぜた音が全身を震わせた。思わぬタイミングで轟いた爆音に、椅子の上で跳ねてしまった。
同時に、ぎゅっと福智が抱き付いてきた――どちらかと言えば頭突きをくらわされたような形だが、思いっきりしがみつかれて身動きがとれない。
「ちょっ、福智、ギブ、ギブ……!」
ぺしぺしと軽く肩を叩いてみるがまったく反応しない。ぷるぷると小さく震えながらがっちりと俺の体を掴んでいた。
エンドロールに入ってもなおそのままで、場内が明るくなってようやく福智は俺から離れた。
「え、えーっと……」
さて、何を言うべきなのか。「ごめんな」か「大丈夫か?」か「思いの外怖かったな」か……
「……出ようか」
「うん」
散々悩んだ挙句、言ったのはそれだった。
「雪、降らないね」
駅ビルから外に出て歩きながら、福智は呟いた。
上を見上げれば、確かに今にも雨か雪でも降りそうなほどに空はどんよりとしている。
「降られても困るけどな……傘持って来てないし」
「でも、降ったら楽しくない?」
そう言う福智の声は、既に楽しそうだった。
映画館を出てから今まで、互いに極端に口数が減っていたからこれはありがたい。機を逃す前に、俺は口を開いた。
「あ、あのさ……さっきは、その、すまん」
謝ろうとしたのは良かったが、すんなりとはいかなかった。何でこういう時にはっきりと言えないかな?
立ち止まった福智は、しばらく胸を押さえて俯いていた。
「……わざとじゃないよね?」
「も、もちろん」
ジトッとした目で見られながら、俺は必死に首を縦に振った。
静かにため息をついた福智だったが、不意に何かを思いついたかのように悪い笑みを見せた。
「きみにチャンスを上げましょう」
「チャンス?」
「そう。もう一度、わたしに付き合ってもらうけど、その時に雪を降らせてくれたら今日のことは許してあげる」
「はあ!?」
大袈裟な喋り方に嫌な予感しかしてなかったが、これは予想の斜め上を行った。まさか天気を操れと言われるとは。俺はシャーマンじゃねーんだぞ。
とは言え、それで福智の気が済むならしょうがない。
「わかったよ。降らせばいいんだろ、降らせば」
「うん。楽しみにしてるからね。約束だよ」
若干ヤケクソ気味だったが、心底楽しそうな福智の笑みに、自然と俺も口元が緩んでいた。
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