高崎「修羅ってる?」

「で、どうなった?」

「相変わらずお前は順序をすっ飛ばすんだな」


 昼休み。

 コッペパンをかじりながら稲佐は言葉を続けた。

「だってほら、霧島さんをフッたんだろ? その後の恋模様はどうかなと思ってな」

「そんな言い方はやめろよ……フラれたのは俺の方だぞ」

 すんなりと承諾した時点でフッたのと同義かもしれないが、少なくとも俺からフッたわけじゃない。そこら辺は俺の名誉に関わりそうだから抗議する。

 同時に、霧島の席に目を向けたが――食堂にでも行ったのか、既に居なかった。

「まあ、そこら辺はどうでもいいけどよ……で、どうなんだ?」

「『どうなんだ?』って何がだよ」

「だーかーらー、新しい恋の一つや二つ始まってないのか?」

「恋は一つも二つもやらないだろ……何もねーよ」

 当然のことを言ったつもりだったが、稲佐は露骨に残念そうな顔をした。

「そうか、やっぱりお前はホモだったのか……」

「あのなあ、何でいつもそっちに持って行くんだよ」

「え? 女の子に恋してないならホモだろ?」

「お前、女の子に恋していない全国の人間に謝れ。どれだけいるかは知らないが」

「まあ、そんなことはどうでも良くてだな」

「おい……」

 相変わらずのゴーイング・マイウェイ。だが、ここまで変わらないとむしろ安心感すら感じるから不思議だ。霧島に最近振り回されてばかりいたからだろうか。

「放課後さ、ゲーセン行こうぜ。新しい格ゲーが稼働するらしいんだよ」

 しゅっしゅっと稲佐がシャドーボクシングを真似る。

 そう言えば、かなり前から告知されていた気がする。色んなところに広告を出して、プロモーションにかなり力が入っているなと思った記憶がある。

「新しいゲームか。まあ、予定は無いし……あ」

「?」

 ふと、あのことを思い出した。


『ずっと一緒に居る』


 ……自分で言っておいて、さらに言えば今さらなことだが、恥ずかしくなってきた。

「悪い。今日は部室に顔を出す」

 なるべく残念そうな顔をしながら、稲佐に謝る。いや、稲佐と行けなくて残念と言うより、新しいゲームを遊べないことが残念なだけだが。

「あー、最近は全然部室に顔を出してなかったからな……しょうがないか」

「そうそう」

 意外にも稲佐はすんなりと納得した。

 部室に行って何をするかというと、特に何かをするわけじゃないが、まあ、それはいつものことだし良いだろう。

 そうして、昼休みは終わった。



「今日は多いね……」

 放課後の部室。その人口密度について口を開いたのは福智だった。

 霧島、福智、俺、稲佐の順にテーブルを囲んでいるわけだが、そこにもう一人。

「………」

 外は雲ひとつ無い快晴のはずだが、どんよりと今にも雨が降りそうな勢いで俯いている高崎先輩がいた。


 なぜ入試も近くなった先輩がここにいるのか?

 先輩はここにいて大丈夫なのか?

 ひょっとして成績が思うようになっていないのか?


 霧島を除く三人でちらちらと先輩に目をやったり、互いにアイコンタクトをとったりした。だが誰一人として先輩に何かを聞く勇気は無かった。

 とにもかくにも、久しぶりに全員が揃ったことには違いない。

 ふと、福智が俺の手元を見た。

「あ、お茶いる?」

「頼む」

 空になっていた俺の湯呑みに、福智がお茶を注ぐ。

「稲佐君、かみを取ってもらっていいかしら」

「了解……はいよ」

「? そっちの『紙』じゃなくてこっちの『髪』」

「禿げろって言うの!?」

 自分の髪をつまむ霧島と、怒る稲佐。

 にわかに騒がしくなった部室で、先輩は唐突に叫んだ。


「何かあった!?」

「「「「何が!?」」」」


 さっきまでの様子が嘘のように、生き生きとしていた。その目は爛々と輝いて、獲物を前にした獣のように(先輩すみません)勢いづいている。

「何か親密度が上がるイベントでもあった?? ねぇ、ねぇ!!」

 テーブルの上に身を乗り出して、食い気味に迫ってくる先輩。

 全員が、引いていた。

(親密度が上がる……?)

 何かが無かったわけじゃ無いが、親密度が上がったわけでもない。

 確認の意味を込めて霧島に視線を送る……が、目を逸らされた。しょうがない、稲佐に……あ、稲佐も目を逸らしやがった。おい、こういうのはお前の得意分野だろうが。

 にっちもさっちも行かなくなった俺は、頼みの綱とばかりに福智に視線を向けた。しばらくのアイコンタクトの後に、福智がため息をつきながら引き受けた。

「先輩、特に何も無かったですよ。そんな親密度が上がるようなこと……」

「本当に? 修羅場も無かった?」

「 え゛」


 ここで福智が言葉に詰まってしまったのがダメだったらしい。


「あったのね! 修羅場!」

 ガシィッと福智の手を両手で掴み、先輩は鼻と鼻が触れ合う距離まで福智に迫った。

 光を失いかけていたその瞳に、再び強い光が宿っていた。

「聞かせて! 修羅場の話!」

「え、えっ、え……」

「何つー勢いで後輩に迫ってるんですか。落ち着いてください」

 流石に福智が可哀想になってきたから、助けに入ることにしたが……

「ねぇ、現在進行形? 修羅ってる?」

「修羅って無いと思いますが」

「そんな~」

 急に、テーブルに突っ伏してオイオイと泣き始めた。

「うぅ、あたしがいない間に修羅場があったなんて……せっかくのチャンスがぁあ~」

 部室はおろか、部室棟全体に響く先輩の声。

 俺は、福智を見た。

「え、何?」

 キョトンとしていた福智だったが、じきに三人の視線が福智に集まっていることに気付いて挙動不審になり始めた。

「え、何? 何?」

 俺はそっと、その肩に手を置いた。

「お前、部長だろ?」

「は? ……はぁああああああ!?」


 たまには、こういう日も悪くない。


 ……たまには、だぞ?

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