立花「ずっと一緒に居る」

「いらっしゃいませ~」

 普段喫茶店なんて洒落た店に行かない癖に、まさかこの2日間連続で来ることになるとは思わなかった。

「何にする?」

「コーヒー」

「ホット? アイス?」

「ホット」

「他には?」

「大丈夫だ。いらない」

 二人用のテーブルに座りながら、短く言葉を交わす。

 やって来た店員さんに注文した福智が、頬杖をついて俺を見た。

「別に、遠慮しなくても良いんだよ?」

「いや、遠慮したわけじゃ無いんだが……」

「そう?」

 ちらり、と福智がカウンターに目を向けた。それにつられて俺も視線を動かした。

 細長い店内は、入って左側を厨房とカウンターが占めて、右側にテーブル席が並んでいる。

 一番奥の位置に座った俺からは店内の様子が見えるが、お客さんはカウンターに座るグレーのスーツを着たおじいさんと俺たちだけだ。

「お待たせしました」

 店員さんはそう言うが、そこまで待たされることもなくコーヒーが二つ運ばれてきた。

「たまにはコーヒーも良いね」

 そっとカップに口をつけた福智が呟いた。

「そうだな」

 ゆったりとクラシックが流れる表の喧騒とは離れた世界。暖色に満ちたその空間は無機質な部室の雰囲気とはまったく異なる。

 昨日は意識しなかったが、ひょっとして場違いじゃないのか? 俺たちは。

 そんな疑念を引き起こすには十分なほど特異な雰囲気があった。

「………」

「………」

 互いに無言で飲んでいく。

 今まで何度か福智と二人っきりになったことがあるが、その時も無言になることがあった気がする。

 でも、無言だからと言って居心地が悪くなるわけじゃない。むしろどこか安心する。

 ……よく稲佐に絡まれているせいかもしれない。あいつに絡まれると騒がしくなること間違いなしだからな。

 そうぼんやりと考えていてふと気付いた。カップを両手で握ったまま福智が固まっていた。

「おい、どうかしーー」

 声をかけようとしてすぐに口を閉じた。


 少しうつむいた福智の顔は、今にも泣き出しそうだった。


「……あっ、ご、ごめん」

 俺の視線に気付いた福智が顔を上げて笑顔を見せた。でも、それには影が見えた。

「どうした? 何かあったか?」

「いや、別に……」

 否定した福智だったが、さっと顔を曇らせた後、意を決したように呟き始めた。

「飲み終わったら終わっちゃうな、って思って……」

 福智の視線の先にあるカップ。俺の目の位置からはもう中身は見えなくなっていた。

 俺が持ち上げているカップも、コーヒーの残りは少ない。あと2、3口で飲み終わる程度だ。

 福智の言葉で、俺はその終わりの意味を意識した。

「一生の別れになるわけじゃないんだぞ?」

「あはは、そうだね。でも……」


 一瞬の間。


「きみと、一緒に居たいから」


 その言葉に、なぜか胸が詰まった。

「……ずっと一緒に居る」

「え?」

 名残惜しげにカップを見つめるその姿のせいだったかもしれない。

 自然と、言葉が出ていた。

「ずっと一緒に居てやるから、そんな顔するな」

「本当に?」

「あぁ」

 目を丸くしていた福智にじっと見つめられて、気恥ずかしくて顔を逸らした。

「……ぷっ、くふ」

「な、何で笑ってんだよ!」

「ごめん、ごめん」

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、福智は謝る。

 意図せず笑われたことも気になるが、意外と店内に声が響いたことも気になった……あ、カウンターのおじいさんはこっち向いてないから大丈夫そうだ。

「ありがとう、立花くん。約束、ちゃんと守ってね」

「……いつも約束は守ってるだろ」

「ふふ、そうだね」

 優しく微笑みながら、福智は最後の一口を飲み干した。



「じゃあ、また明日」

「ああ、またな」

 短く言葉を交わして、互いに一歩を踏み出す。

 だが俺はすぐに振り返った。


 薄くオレンジに染まる商店街の中、行き交う人の中に福智の背中が見え隠れする。それはなぜか、胸が締め付けられる光景だった。

 ひょっとして福智は、こんな気持ちだったのだろうか。


(……帰ろう)

 小さく首を振って、家へとまた一歩踏み出す。

 福智の姿はもう、見えなくなっていた。

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