霧島「ラブラブカップルみたいでいいじゃない」

 あれから1週間。


「立花君。デートに行きましょう」

「今日もかよ」


「立花君。デートに行きましょう」

「今日も……?」


「立花君。デートに――待ちなさい。どこにいくつもり?」

「……いや、母さんが寝込んでてな?」


「立花君。デー――お母さんは元気だったわよね?」

「そう言えば親戚が危篤で……」


「立花君。デ――最後まで言わせなさいよ」

「デートで呼び出されたことはわかってるんだが?」


「立花君。デートに行きましょう」

 朝から鳴り響いたピンポン。玄関を開けた俺の前には霧島が立っていた。

 美少女が起こしに来た。しかもデートのお誘いまで付いてくるとあっては、男として喜ぶのが当然かもしれない。

 それでも。

「………お前、今日は何曜日だ?」

 不機嫌な俺の言葉に、霧島はポケットからスマホを取り出して画面を一目見てから答えた。

「日曜日ね」

「そうだよ! 日曜日だよ! 普通は休日だろうが! 休むべき日に何をするって!? 国民のすべてが休むべきこの日に!」

「デート」

 にこりと笑う霧島に、俺は戦意を削がれてしまった――いや、ダメだ。ここで負けるわけにはいかない。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……

「霧島。何故にそんなにデートにこだわる?」

「恋人が他にすることってあるかしら?」

「OK、わかった。じゃあ恋人はデートをするものだとしよう。それにしても、だ。この7日間デートばっかりじゃねーか」

「ラブラブカップルみたいでいいじゃない」

 「何が問題なの?」とばかりに首を傾げる霧島に、俺はいかなる小細工も不要と判断した。言いたいことは素直に言うに限る。

「そんなに熱くなりやすいものは、すぐに冷めてしまうだろうが。何事もほどほどがいいんだよ」

「む。それもそうね」

 霧島は納得したように頷く。

 これで、今日のデートは回避できたか……?

「じゃあ、デートに行きましょう。立花君」

「お前なああああああああああああああああああ!!」

 家中に俺の叫び声が響き渡った。


「ついにここに来たか……」

 結局折れなかった霧島に対して俺が折れる結果となり、電車に揺られること約40分。

 遊園地に直結する駅の改札を通った俺たちは、目の前のゲートを見上げていた。

「何年ぶりかしら」

「俺はほぼ初めてじゃないかな……」

 小さい頃に家族で来たような気がしなくもないが、おぼろげな記憶だからノーカンでも問題はないだろう。

「行きましょう」

 俺の手を引いて、霧島は園内へと歩き出した。

 白田市の東部に位置するこの遊園地は、特に大きいわけでもないし何か目玉があるわけでもないが、長く続いている。

 休み時には人の出入りも多いらしいが、今は夏休みも終わった後。休日とは言っても何組かの家族連れが見える程度だ。

「あそこにお店があるわね」

 ゲートをくぐってしばらく歩いた先、各アトラクションへと道が分岐する場所に、小さなテナントが並んでいた。

 その内の一つ、屋根に大きなホットドッグを乗せた店に立ち寄る。

「ホットドッグ2つ、ジンジャーエール1つと……立花君。飲み物は何にする?」

「ん? あー……コーラで」

 霧島に誘導されっぱなしで、何も考えていなかった。パッとドリンクの一覧に目を通して、コーラを指差す。

 注文を受けてせっせと調理をするお姉さんを見ていたら、霧島が小声で話しかけてきた。

「ねえ、ホットドッグ嫌いだった?」

「いや、そんなことはないが」

「そう。ならいいんだけど」

「?」

 何やら安心したらしいのはいいんだが……ひょっとして、さっきのことで余計な心配をさせているんだろうか。

(うーん、本来なら俺がしっかりしないといけないんだろうなあ……)

 生まれてから今までの17年間、デートなんてしたことはない。女子と二人で出歩くなんてことも――いや、それは福智とあったか。

(そう言えば、福智と一緒に出掛けた時もこんな感じだったっけ)

 福智と二人で毘沙門山公園に行ったあの日。

 どのタイミングを振り返っても、福智にされるままだったな……

「お待たせしました~」

 思い出に浸っていると、目の前にトレイが突き出された。

 遊園地のロゴマークがプリントされた白い包装紙に包まれたホットドッグが二つ真ん中に並んで、その脇を大きな紙製のコップが固める。

「いただきます」

 すぐ近くのベンチに腰を下ろす。鉄の枠に木の細長い板がはめられたベンチは、ひんやりと冷えていた。もう冬だな。

 ぺろりと器用に包装紙を剥いた霧島が、躊躇なくホットドッグにかぶりついた。

「ん。おいしいわね」

 満足げに呟くその口元に、ケチャップが残っていた。

「おい、霧島。ケチャップがついているぞ」

「あら、そう?」

 手鏡で確認した霧島が、なぜか俺に向かって口を突き出した。しかも目を閉じて。

「……何やってんだ?」

「舐めてとってくれていいのよ?」

「! お前は何をやらせようとしてんだよ!」

 トレイに乗っけてあった手拭きを取って、霧島の口に押し当てる。

「む。意外と恥ずかしがり屋さんなのね」

「お前が大胆すぎるだけだろ……」

 いくら人が少ないとは言え、まったくの無人なわけじゃない。そんな場所でキスまがいのことができるわけないだろ!!

「ふふ、そう……」

 大変にこやかになった霧島から目を逸らして、自分のホットドッグをかじる。

 マズイわけじゃないが、かと言って取り立てて旨いわけでもない。パンに温めたソーセージと刻んだキャベツを挟んで上からケチャップをかけたような、つまり見た目そのままの味だった。

 可もなく不可もなくではあるが、毘沙門山で食べた福智のサンドイッチには負けるな。調理をしてくれたお姉さんには申し訳ないが、そう断言せざるを得ない。

(って、何であいつのことを思い出してんだ)

 最後の欠片を口の中に放り込んで、水で薄まったコーラで流し込んだ。

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