稲佐「やっぱり、ポロリは必要だぜ」

「バレーボル、しませんか?」

 カラフルなボールを胸元に示しながら、高崎先輩はそう提案した。

「はい! もちろん!」

 威勢よく手を挙げたのは稲佐だ。頭の上にコブ2つを作って鼻から大量の血を流したその見た目は、満身創痍という言葉がぴったりだ。

「じゃあ、男子二人、女子二人のダブルスですかね」

 そう言って準備体操を始めたところを見るに、福智も参戦するつもりらしい。そして、自動的に俺の参戦まで確定してしまった。あと、十中八九稲佐とペアにさせられるんだろうな。

「なら、私は審判ね」

 結果的に余ってしまった霧島が、棒きれで砂浜に線を引く。まず長方形を描いて、次にそれを半分に分割する。即席のコートの出来上がりだった。

「ネットは用意してないから、この線を目安に。細かいルールもなし。5点先取でどう?」

 霧島の案に、皆が頷く。誰も本式のビーチバレーのルールを知らないし、厳密にやれる状況じゃない。俺たちはそれぞれエリアに入って、打ち合わせを始めた。

「立花。お前は前に出てくれるか?」

「じゃあ、お前が後ろか」

「おうよ」

 俺たちの打ち合わせはそれだけで終わった。先輩と福智の打ち合わせが終わるのを待って、霧島は宣言した。

「試合……開始」

「行きますよ~! えい!」

 ぽーん、とボールがこっちに向かってゆっくりと飛んできた。稲佐に向かってトスする。

「よっしゃ、まかせろ!」

 気合いだけは十分だったが、稲佐が放ったボールは曲線を描きながら先輩の下へと飛んでいった。

「はい、るりちゃん!」

 先輩がトスしたボールを、福智が――

「えいっ!!」

 思いの外勢いよく帰って来たボールを、咄嗟にレシーブする。

「稲佐!」

「おうよ!」

 さっきよりは強い球を稲佐が打ち込む。だが先輩は臆せずにレシーブしてみせ、福智もまたさっきよりも強いボールを放ってくる。

「おい、意外に強いぞ、向こう!」

 もっとほんわかしたものをイメージしていたが、どうやら向こうは向こうなりのガチで挑んで来ているらしい。それに合わせて俺も真面目にやらなければならなくなる。

 だが、俺の後ろのヤツは違ったらしい。

「立花!」

「何だ?」

 受けては返す、それを何度か繰り返したころ、不意に稲佐が俺に話しかけた。

「ボールがいっぱい見えるぞ!」

「はあ!?」

「見ろ、向こうのコート!」

 稲佐に言われるまま向こうに目を向けて、俺は言わんとしていることを理解した。


「はい、るりちゃん!」


 ぼいん、ぼいん。


「えいっ!」


 ぼいん、ぼいん。


「あー……」

「な?」

 何が「な?」だ。そう言い返したかったが、理解してしまった以上否定するのも難しい。などと考えていたら、福智に勘付かれたようで、

「この変態!」

 明らかに稲佐に向けられたであろう言葉とは裏腹に、今までで一番の剛速球は俺に向かって飛んできた。

「あ……」

 福智が後悔の表情を浮かべたところから見ても、稲佐に対する怒りが暴発したらしい。

(まあ、フォローなら慣れてるぜ)

 俺は福智の真意を汲み取って、レシーブの仕方を少し変えた。

 それは当然、次の攻撃のためのものじゃない。

 俺がレシーブしたボールは、大して勢いを失わないまま、稲佐へと真っ直ぐに飛んでいった。

「へぶっ!」

 顔面にクリティカルヒット。ボールは宙にふわりと上がり、稲佐は仰向けに倒れた。

「一本」

 霧島が、右手に握った棒きれで先輩・福智ペアを示す。

「やったあ!」

「やりましたよ、先輩!」

 先輩・福智ペアがハイタッチして喜ぶのを尻目に、俺は倒れた稲佐の顔をつんつんと突っついた。

「おーい、生きてるかー?」

「ボールが……ぼいんぼいん」

「ダメだこりゃ」

 稲佐はすっかりボールの国へ旅立ったらしかった。



「ほらほら!」

「ちょっと先輩! やめてくださいよ!」

「ほら、男子がポロリをお望みよ」

「ちょっと待って、霧島さん。どこから出したの、それは……」

「実はこっそり持って来てたの。じゃあ、死んで」

「待って、おかしいから! ちょっと!」

 日もだいぶ傾いた砂浜に、女性陣の和気あいあいとした声が響く。ドでかいウォーターガンを構えて福智を追い回す霧島が見えるが、和気あいあいと言って間違いないだろう。

 砂浜に立てたパラソル、その下に敷いたビニールシートに腰掛けて、俺と稲佐はその様子を眺めていた。

 ふと、稲佐が不満げに言葉を漏らした。

「なぜだ……」

「どうした?」

 バッと立ち上がって、稲佐は叫んだ。

「せっかくの水着イベントだぞ! もっとご褒美くれてもいいだろ!?」

「水着イベントが発生しただけでも喜べよ……」

 俺の言葉に、稲佐は首を大きく横に振った。

「着替えを見れないどころか、ポロリもない! おまけにサンオイルを塗るイベントもない!」

「お前は何次元に生きてるんだよ……」

 げんなりとする俺に、稲佐は横から掴みかかってきた。

「健全な青少年なら一度は夢見るだろ!?」

「そういうのは2次元で発散して来いよ。お前の十八番おはこだろ?」

「お前、本当に健全な青少年か?」

「一般的にはお前より健全だ」

 これ見よがしに稲佐は大きくため息をついた。

「これだから日本の少子化は止まらねーんだよ……」

「そもそも発起人は先輩だ。お前の欲求を満たすための合宿じゃねーだろ」

 稲佐の言葉は無視して、俺は改めて波打ち際へと目をやる。

 福智に痛烈な水流を浴びせる霧島を囃し立てる先輩が見えた。

「……つまんねえなぁ」

 そう呟いたきり、稲佐もまた女性陣へと目を転じた。

 稲佐の目論見も機嫌も知ったことじゃないが、この合宿に対して本当に不満があるわけじゃないことくらいはわかる。

 水切れで逃げ回る霧島も、追いかける福智も、それを眺める先輩も、そして遠巻きに見ている俺たちも。皆、笑っている。

「……なあ、立花」

「何だ?」

「来年も、やろうな」

 来年。

 俺たちは受験生だ。こんな余裕があるかはわからない。いや、ないだろう。

 だが、俺はそんなことを考えるよりも早く、答えていた。

「もちろんだ」

 遊び疲れたらしい三人が波打ち際から引き揚げようとするのを見ながら、稲佐は一言付け加えた。

「やっぱり、ポロリは必要だぜ」

「お前はもう2次元に行って来いよ!!」

 日はもう沈もうとしていた。

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