立花「お前は小学生かよ!」

「マジかよ……」

 車から降りた俺たちの前には、確かに立派な一戸建てと日の光で輝く砂浜があった。

 車を車庫に入れたおじさんが、立ち尽くす俺たちのところへ来た。金持ちということで怖い人かと思っていたが、意外にも気さくでどこにでもいそうな中年の人だった。霧島の親戚だと言うが、あまり顔立ちは似ていなかった。

「さあさあ、入って」

 おじさんに案内されて、家の中へと足を踏み入れた。

 新都市駅でおじさんが迎えに来た時も、車に揺られていた時も、俺はまだ半信半疑の状態だった。だが、ここまで来ると霧島の言ったことを信じる他なかった。

「部屋は自由に使ってくれ。どうせロクに使ってない家だからな。あっはっは」

 何気なくおじさんは笑っていたが、俺たちはぎこちない笑みを返すことしかできなかった。何だよ。ロクに使わない家が別荘って。あ、いや、当然か。

 改めて、踏み込んだ家の中を見回す。豪邸というような家じゃない。普通の家と同じ感じだ。ここまで乗せてもらった車も高級車じゃなかったから、意外に、この人の金銭感覚は俺たちに近いのかもしれない。

 とりあえず1階のリビングに集まった俺たちは、今後の予定を確認した。

「まずそれぞれの部屋に荷物を置いたら、着替えて浜辺で集合。男子は先に着替えて待っていてちょうだい。覗いたら殺すから」

 見た目にも水着姿が待ち遠しいらしい稲佐に、福智が鋭く釘を刺した。が、あんまり効果はなかったらしく、「安心しろよ」といつも通りの口調の返事が返ってきただけだった。

「じゃあ、一旦解散」

 解散と言いながら、ぞろぞろと全員揃って2階に上がる。男子と女子で部屋を分けたが、それは2階の隣同士の部屋だ。

 俺たちに割り当てられた部屋、そのドアを開ける。

 部屋、と言うには少し大きな気がする。ちょっといい感じのホテルと言ってもいいかもしれない。左の壁に沿って大きめのベッドが、反対側には机と椅子が一つずつ置かれている。奥に設けられた大きな窓からは外の光が眩いばかりに入り込んでいた。

 窓の前に自分の荷物を放って、俺は稲佐を振り返った。

「よし、ちゃっちゃと着替えるか――」

「早く行こうぜ、立花!」

 俺が1枚も脱がない内に、既に稲佐は海パン一丁の格好でドアに手を掛けていた。

「おい、いつの間に着替えた?」

「下に着てた」

「お前は小学生かよ!」

 思いの外コイツは浮かれていたらしい。服の下に水着を着込むとかいうベタなネタを、実際にやってくるとは思わなかった。

「早く、早く!」

 耳元で稲佐が騒ぎ立てるが、急かされながら着替えるもんじゃないよな?

「はい、着替え終わ――」

「レッツ・ゴー!!」

「おい、待てよ!」

 目にもとまらぬ速さで稲佐は外へと姿を消した。置いて行かれた俺はしょうがなく、事前に決めた手はず通りに隣の部屋のドアを叩いた。

「入るぞ」

 答える声が、ドア越しに聞こえた。丸みを帯びたドアノブを握ってドアを開ける。

「あ、着替え終わった?」

 すぐにその部屋の広さに驚いた。入って右側にキングサイズのベッドが置いてあるが、それでも圧迫感を感じさせない。俺たちの部屋なんて比べ物にならんぞ。

 左側に木製の小さな丸いテーブルが一つ、高い背もたれのある椅子が三つ置かれていた。福智と霧島は椅子に腰かけて、高崎先輩はベッドに寝っ転がっていた。

「ああ、終わったぞ」

「わかった。稲佐くんは?」

「外に飛び出していった」

「あはは、想像通りだなぁ……」

 苦笑する福智が、家の鍵とロープを手にして立ち上がった。そのまま家を出て、集合場所になっている松の木へと歩いて行く。

「遅いぜ、立花! って、あれ?」

 俺に向かって両手を大きく振った稲佐は、着替えずに歩いて来た福智に目を向けて首を傾げた。

「どうしたの、福智さん?」

「着替える前にちょっとね」

 そう答えながら、福智は稲佐を松の幹に押し付けてロープで縛り上げた。?マークを大量に浮かべた稲佐の顔にアイマスクを掛けて、満足げに頷いた。

「よし、完成」

「え、完成? 何が?」

「じゃあ、立花くん。監視よろしく。もし稲佐くんがアイマスク外したりロープから逃げてたら、立花くんも一緒にご飯抜きだからね」

「わかってるよ」

「え、ちょっ、何? どうなってんの? 何も見えねーぞ?」

「何も見せないために決まってんだろうが」

「な……この裏切り者ー!!」

 騒ぎ立てる稲佐のそばに俺を残して、福智はさっさと家に戻っていった。

 これは俺と女性陣(主に福智)との間で交わされた密約。女性陣の着替えを稲佐が(同時に俺も)覗かないようにと考えられたことだ。

 一番対策しなければならない稲佐を拘束して視界を封じ、俺を監視役につける。これで覗く危険性のある男子は身動きが取れなくなる。俺が裏切らないように、ご飯抜きのペナルティまでつける用心さだ。「ご飯抜き」は本気でやりかねないから、稲佐のために(あるいは自分のために)密約を反故にする勇気はない。

「おい、立花! 着替えている最中に乱入するのは王道だぞ! 何してるんだ、ほどけよ!」

「何の王道だよ。2次元と3次元をごっちゃにするな。ここで覗いたら社会的に終わるぞ」

 そう、1番の理由は合宿後が怖いからだ。よしんばこの合宿を乗り越えたとしても、学校で「女子が着替えているところを覗いた」なんて言いふらされた暁には俺の人生が終わる。

 ということで、無駄な抵抗をする稲佐の隣に腰を下ろして、女性陣が着替え終わるのを待った。


 ……後でたらふく水着姿を見れると思えば、少しの時間くらい待つべきだよな?

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