高崎「合宿をしましょう」
霧島「宿泊の許可はもらえました」
「合宿をしましょう」
期末試験が意識に上り始めたころの放課後。部室に揃った俺たちを前にして、珍しく高崎先輩がそう提案した。
福智が手元の本から顔を上げて先輩を見た。
「合宿?」
「そう、合宿!」
これまた珍しいことだが、先輩のテンションが高い。ウキウキした様は遠足前の小学生に見えなくもない。面と向かっては言わないが。
「どうしたんですか、急に……」
不思議がっているのは、何も福智だけじゃない。稲佐も、霧島も、もちろん俺も驚いていた。これまでイベント的なことの提起は稲佐が中心だったし、先輩が何かしら企画するタイプとは思っていなかったからだ。
「だって、今まであたしとるりちゃんしかいなかったから、合宿なんてできなかったもの……卒業する前に、そういうことやってみたいなって思って」
「ああ、まあ、確かに」
答える福智は苦笑していた。最近はすっかり騒がしいから忘れていたが、俺たちが入部する前は先輩と福智の二人だけだったんだっけ。それは確かに、合宿なんてしてもあまり面白くないだろう。
「でも、どこで何をするんですか?」
「うーん、そうねぇ……」
「はい、はーい!」
「あら、どうかした?」
具体的な内容は考えていなかったらしい先輩の前で、稲佐が威勢よく手を挙げた。先輩に促される形で、稲佐が口を開く。
「海に行きましょう!」
「却下」
だが、稲佐の提案は即刻福智に拒否されていた。
「何でだよ!」
「どうせあんた、わたしたちの水着姿がみたいとかでしょ?」
「ぐふっ」
絶対零度まで落ち込んだ冷気を放つ目で稲佐を見る福智。稲佐は喀血しながらもなんとか踏みとどまって抗った。
「いや、落ち着いて考えようぜ。もうすぐ夏休み。先輩が合宿に参加できる最後のチャンスが来る。夏休みと言えば何だ? 夏と言えば何だ!?」
「まあ、普通に考えれば海ね」
霧島が頬杖をつきながら福智に目をやった。これは暗に福智を貶しながら、自分は稲佐側に立つことを宣言しているぞ。
稲佐―霧島連合ができたとなれば、福智が頼るのは当然、先輩か俺になるわけで。
アイコンタクトで助けを求められた俺は、福智の目指す方向性をよく理解しないまま口を挟んだ。
「最近は海だけじゃなくて、山もアリみたいだが――」
「ナシだな」
「ナシね」
「うーん、山ねぇ……」
稲佐と霧島に否定されるのは当然として、先輩からの反応が芳しくないのは分が悪い。とりあえず言ってみただけで、これ以上説得するネタはない。
「じゃあ、海で決定だな」
「立花くん!」
縋るような声で呼ばれたが、俺にはどうしようもない。というか、どうにかすることに気が乗らない。俺だって行くなら海の方がいい。稲佐への対策は後で考えよう。
孤立無援に陥った福智が、観念したように息を吐いた。
「海に行くとして、宿泊場所とかすることとかどうするんですか?」
「そうねぇ、新都市駅の近くとかないかしら」
「先輩、あそこの周辺はマンションばっかりですよ」
沈黙。
福智の指摘を最後に、誰一人として口を開かなかった。
気まずそうに福智が視線を散らしているが、別に福智のさっきの指摘に怒ったとか気を悪くしたとかじゃない。
誰一人として、案が浮かんでいなかった。
スマホで検索をしても、イマイチ出てこない。というか出てきても俺たちには利用しにくいところばかりだ。
ややあって、霧島が顔を上げて呟いた。
「あ、そう言えば親戚にプライベートビーチ持ってる人が居たわ」
「「「はあ??」」」
俺と稲佐、福智の声がハモる。先輩は「あらぁ」と嬉しそうに微笑んだ。
「すっかり忘れてたけど、ビーチと家を持っている人が居たわ」
あっけらかんと言う霧島に、俺たちは開いた口が塞がらなかった。
え? プライベートビーチ? 家? マジで?
「多分、事前に連絡すれば止まらせてくれると思うけど……」
「え、おい、本当に大丈夫か?」
普段と変わらない様子でスマホの画面に指を滑らせて、何か連絡でもしようとする霧島。あまりのことに俺は不安になってしまった。
「大丈夫よ……あ、もしもし。美鈴です。ご無沙汰しています……ああ、はい。元気です。ええ、父も……実は、おじさんの別荘をお借りできないかと思いまして……」
「なあ、今『別荘』って言わなかったか?」
「言ったな。『別荘』って」
「言ったね……」
三人で顔を見合わせる。途端に、霧島がどこか遠い世界の人間に思えてきた。
「いえ、土地を買いたいということじゃなくて……はい、部活の合宿で2、3日ほどお借りできないかと……すみません、まだ日程は……はい、おそらく夏休み、8月中になるかと……はい、ありがとうございます。はい、はい。伝えておきます。それでは失礼します……」
スマホを耳から離して、霧島は先輩を見た。
「宿泊の許可はもらえました。日程を後で教えてほしいということで」
「まあ」
ぱあっと先輩の笑顔が華やいだのは言うまでもないだろう。逆に、すっかり蚊帳の外に置かれた感のある俺たちは間抜けな顔をしていたに違いない。
「な、なあ……お前は高校生だよな?」
「何をバカなことを言ってるの? 当たり前でしょ」
霧島が怪訝そうな顔をした。俺の真意を測りかねているんだろう。安心しろ。俺もよくわからん。
動揺から立ち直れずに顔を見合わせる俺と稲佐の横で、福智が口を開いた。
「あのさ、霧島さんのお家ってお金持ちとか……?」
「ああ……別に、金持ちとかではないわ。あくまで親戚が多少土地を持っているというだけよ」
ようやく俺たちの戸惑いの理由を察したらしい霧島が説明してくれたが、それでもなお俺たちにとってにわかには信じがたい話だった。
「もともと霧島家は地主の家系なの。本家は確かに金持ちと言えるほどお金があるけど、私の家は本家から遠いし土地も持ってないわ。だから、私はまだ普通の人間よ。さて、場所は確保しましたけど、何をしましょうか――」
計画を練る先輩と霧島の会話を、俺はただ呆然と聞いていた。
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