福智「守ってくれたんだね」

「「「「「王様だーれだ!」」」」」


「あら、また私ね」

 今度の王様は、霧島だった。今まで順に王様を引いていたが、流石に続かなかったか。

「そうね、何にしようかしら……」

 視線をテーブルの上にさまよわせた霧島が、不意に口の端を歪めた。それは明らかに悪だくみをしている顔だった。

「じゃあ、1番の人が2番の人にキス」

 俺は即座に思った。

(やりやがった、コイツ!!)

 俺は手元のくじに目を落とした。そこに書いてあるのは――「1」。

 完璧に当事者だった。

 問題は、2番が誰かということだ。

(誰だ?)

 稲佐は自分のくじを見つめたまま固まってしまっている。これは多分「ハズレ」だ。

 先輩は至極残念そうに手元のくじをいじっている。こっちも「ハズレ」だ。と、なると……

(まさか……)

 恐る恐る左に目を向けると、福智が俯いたままプルプルと震えていた。

(お前かああああああああ!!)

 ある意味最悪の事態は避けられたが、ある意味で最悪の事態だぞ!

「あら、1番と2番の人はいないのかしら?」

 ニコニコとこっちを見る霧島。お前、ひょっとして俺たちの番号を知ってて命令を出したのか? いや、こっちの番号を知る手段はないはずだ。それに俺たちを選ぶ理由もないはずだ。

 ブンブンと頭を振って、余計な考えを追い出す。

「えーっと、1番は俺だが……」

「……2番は、わたし」

 福智は俯いたまま顔を上げない。これはどうしたものかと考えていると、稲佐に肩を掴まれた。

「さっきと言い今と言い、何でお前なんだよぉおおおお!!」

「知るかよ!」

「日頃の行いでしょ」

「うわあああああん!!」

 霧島の一撃で見事撃沈して、稲佐は床に伏せておんおんと泣き始めた。恨むならこんな命令を出した霧島を恨めっての。

「ほらほら、早く」

 先輩が福智を促す。これが求める「修羅場」なのか知らないが、こっちの気も知らずに霧島と一緒に笑っている。

「おい、福智。嫌なら嫌と言え。流石にコイツらも怒りはしないだろう」

「嫌、ってわけじゃないんだけど……初めて、なの……ううん。命令、だよね」

 意を決したように、福智が顔を上げた。ぎゅっと閉じた目からは涙が染み出ていた。

「ほら、立花君」

 霧島が催促してくる。

(本当にするのか……?)

 明らかに、福智は泣いている。そんな相手にキス、なんて――だが、ここで俺が拒否したりしたら、それはそれで律儀な福智を傷付けるかもしれない。

(ええい! 知るか!)

 悩んだところで、どうにかなるわけじゃない。俺も意を決して、口を福智の顔に近付けた。

「あらぁ」

 先輩の言葉が消えるよりも早く、俺は福智の顔から唇を離した。

 福智が目を開けて、一度ぱちりと瞬きをした。目尻から涙が筋を引いて流れた。

「これで満足だろ」

「ええ、もちろん」

 俺に睨まれた霧島は、だがまったく気にする風もなくうなずくと稲佐に目を向けた。

「彼が息をしていないから、もうやめましょうか」

 その視線の先で、確かに稲佐は灰になっていた。

「何だか名残惜しいけど、あたしは帰るわね」

「私も」

 くじをテーブルに放るやいなや、先輩と霧島は部室を出て行った。

「さて、俺も……」

 言いかけたところで気付いた。灰化した稲佐を置いて帰るわけにもいかない。このままだといつ復活するかわからず、下手を打てば深夜になることだってありえそうだ。

 ふと、そそくさと部室を出て行った二人の背中を思い出した。まさか、稲佐の世話を押し付けるために帰ったわけじゃねーよな……

「ねえ、立花くん」

 稲佐を再起させようとした俺の背中に、福智が小さな声で呼びかけてきた。

「どうした?」

 振り返った俺の視線と一瞬合わさった福智の視線は、次の瞬間にはそっぽを向いていた。

「さっき、どうしてキスしなかったの?」

「は? ちゃんとしただろうが」

 福智は俺の目に視線を戻して、言い直した。

「そうじゃなくて……どうして、わたしの口にキスしなかったの?」

「お前、初めてだったんだろ? 好きでもない俺にファーストキスを奪われたかったのか?」

「そうじゃないけど、でも命令は……」

 ようやく、福智の言わんとしていることが理解できた。だが、その理由を言うのは何となく気恥ずかしかった。

 答えをせがむように福智にじっと見つめられ、俺は諦めて答えた。ただしそっぽを向きながら。

「アイツの命令を思い出してみろ」

「『1番の人が2番の人にキス』……だよね?」

 まだわかっていないらしい福智に、俺は思わずため息をついてしまった。

「1番は俺で、2番はお前だ。つまり、俺がお前のキスをすればそれで命令を遂行したことになる」

「え……」

 半信半疑っぽい福智に、俺は言う。

「誰もお前のキスをしろとは命令していないだろ?」

「――!」

 福智は目を見開いて口をポカンと開けていた。

「まったく、余計なことを言わせるなよ……おーい、稲佐、起きろ」

 改めて稲佐に向き直ってその肩を揺するが、戻って来る気配がない。気は乗らないが、あの言葉を言うしかないか。

 深く息を吐き出した俺の耳に、ややもすると聞き逃してしまいそうなほど小さな声が届いた。

「守ってくれたんだね。ありがとう」

 振り返ると、福智は窓の方を見ていた。

 外はまだ、明るかった。

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