高崎「できれば修羅場になりそうなものにしようと思ったんだけど」

「「「「「王様だーれだ!」」」」」


 掛け声が、部室に響く。

「あ、あたしね」

 今度の王様は、高崎先輩だった。

「えーっと、どうしようかしら……」

 顎に手を当てて少し首を傾げながら、先輩は唸った。見かねた福智が助け舟を出した。

「先輩。そんなに深く考えなくていいんですよ。さっきみたいに肩を揉むみたいなのとかでいいんですから」

「そう? できれば修羅場になりそうなものにしようと思ったんだけど……」

「先輩、それはやめてください」

 助け舟から一転、福智はむしろ舟を沈めようとしていた。

「じゃあ、3番の人が、1番の人の胸を揉む」

「う……」

 ちらっと自分のくじを確認した福智が、すぐに隣の霧島に目を向けた。おそらく、福智自身は1番ではないが、霧島が1番の可能性がある。ちなみに俺は4番だから、稲佐が3番の可能性がある。

 予想通り、霧島が身を乗り出して、対面に座る稲佐に近付いた。

 福智は不安げな視線を二人に向けた。


 俺たちの見守る中で、霧島稲佐胸を揉んだ。


「「「へ?」」」

「あら~」

 俺と稲佐と福智がキョトンとする中、先輩だけはにこにこと楽しそうに微笑んでいた。

「な、なな!?」

 もみもみと無い胸を揉まれながら、稲佐は叫んだ。

「こんな感じでいいですか?」

「十分よ」

 先輩の許しを得た霧島が、元のように座りなおした。

「「「………」」」

 くじを回収し始めた先輩と何事もなかったような表情の霧島を除いて、俺たちは呆然と黙りこくっていた。

 いや、だって、なあ……? どんな反応をすればいいんだよ、これ。からかうべきなのか? いや、からかうべきなんだろうが、何か、からかいづらい……

 あのお調子者の稲佐でさえ、言う言葉を失って口をパクパクさせている。どだい俺と福智は何も言えなかった。

「はい、どうぞ」

 まるで何事もなかったように――その割には静かな空気で――王様ゲームは進んでいく。


「「王様だーれだ!」」


 高崎先輩と霧島だけが掛け声を言っていた。同時に、俺たちは手元のくじを確認する。

「あ、わたしだ」

 今度の王様は、福智だった。すぐに口を開きかけた福智だったが、先輩と同じく悩み始めた。

 下手な命令を出せば、次は自分がその被害に遭うかもしれない。これは、王様ゲームに参加する誰もが抱く考えだろう。だが、こと福智に関してはそのことが強い足枷になっているはずだった。

 変態の稲佐がいる状況で、本当に下手なことはできないからな。

 かと言って妙に律儀な福智は、場を盛り上げることにも意識を向けているに違いない。

 「場の盛り上げ」と「自己保身」。この二つは、王様ゲームにおいて両立しがたい課題だ。今、福智はその面倒なところで頭を悩ませているに違いない。

「じゃあ……2番の人が4番の人の……胸を揉む」

 命令を出してすぐに、福智は「しまった」という顔をした。

 おそらく、考えることに集中しすぎて前の命令を忘れていたんだろう。悩み過ぎた時によくあることだが、既に命令を出してしまった以上仕方ない。

「よっしゃ、キター!!」

 稲佐が立ち上がりながら歓声を上げた。相変わらず迷惑極まりないが、今回は福智の心情を察してのことらしい。ちらりと俺にアイコンタクトをしてきたのは、「お前も付き合え」ってことだろう。

 だが、稲佐にとってダメージになることを俺は言わなきゃいけなかった。

「稲佐。テンション上がっているところ申し訳ないが、2番は俺だ」

「はあ!? 何でお前なんだよ!」

 必死の形相で掴みかかってきた稲佐に、「2」が書かれたくじを見せる。さっきもやったな、これ。

「じゃあ、4番は……」

 そこで何か恐ろしいことでも考えついたのか、稲佐はバッと自分のくじに書かれた番号を見た。

「良かった、4番じゃねえ」

 心底ほっとしたように呟いたところからして、さっき霧島に揉まれたのが悪夢にでもなっているらしい。

「あれ、お前が4番じゃないなら――」

「あら、あたしだったわ」

 頬をほんのり赤くしながら、先輩が「4」と書かれたくじを見せた。

 その瞬間、俺と稲佐の時間は一時停止した。

 まず稲佐の時間が止まった理由から話そう。コイツが固まってしまった理由は単純だ。からだ。

 そして、俺が固まってしまった理由も大した差はない。からだ。

 稲佐にばかり注意を向けていたから忘れていたが、俺が女子の胸を揉むのも大問題だ。

 福智が、さっきとはまた違う感じの「しまった」という顔をした。

 俺も今になって気付いたが、さっきの命令の問題点は、前の命令と被ってしまったことじゃない。男子が二人とも残っている状況でその命令を発してしまったことだ。

 だが、今さら気付いたところで、どうしようもない。

「し、失礼します……」

 小声でそう言いながら、先輩の胸元へ手を伸ばした。そしてそっと手のひらで触って、引っ込めようと――した俺の手を、先輩は小さな手で掴んだ。

「先輩?」

 あまりにも唐突で予想外だったせいで、動きが止まってしまった。その隙を突いて、先輩は自分の胸へと俺の手を押した。

「ちょっ、ちょっと!」

「もう、『揉ま』ないとダメでしょ?」

 引っ込めようと引っ張るが、意外に先輩の力は強く、強制的ににぎにぎをさせられていた――それは結果として、先輩の胸を揉むことになっていた。

「……立花くん、もう満足でしょ」

 命じた本人である福智の声は、空気を凍りつかせそうなほど冷たかった。そしてその視線は鋭く俺に刺さって、冷や汗をかかせた。

「先輩、離してください」

「え~?」

「『え~?』じゃないです! マジで後が怖いから!」

「しょうがないわねぇ」

 しぶしぶ、といった感じでようやく先輩は俺を解放した。自由を謳歌する俺の手には、思ったよりも硬い手触りの服の感触が残った。

 解放されてもなお目が冷たい福智を、俺はまともに見れなかった。

「じゃあ、次行きましょう」

 そう言ってくじを回収する福智は、どことなく拗ねたようでもあった。

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