全員「「「「「王様だーれだ!」」」」」

「第二回! 文芸部ゲーム大会~! わー、ぱちぱち~!」

 相変わらず静かな部室に、稲佐の場違いに高いテンションの声が響く。

 上座に座る高崎先輩から反時計回りに霧島、福智、俺、稲佐という順でテーブルを囲んでいる。稲佐以外の反応は、おおむね冷ややかだった。

「また、ゲーム?」

 お茶を一口啜って、福智が内心辟易しているかのように呟いた。

「そう。ゲームだ。まあ、ゲームとは言っても、前回と同じじゃないぞ! 同じものが続くとマンネリするからな!」

「マンネリすると言ったって、まだ二回目だぞ」

「それでもだよ。やっぱり、新しいものに挑戦して刺激を感じる方がいいだろ?」

「あ、そう……」

 ノリノリの稲佐に対しては何を言ってもほとんど無意味だ。やりたいことをやりたいようにするまで気が治まることはない。それでもついつい一言挟んでしまうのは、俺の悪い癖だろうか。

「何より、今日は高崎先輩がいらっしゃるからな。またあれをやったら、先輩だけ初心者のまま置き去りだろ?」

「あたしは構わないけど~?」

 頬に手を当てながらほんわかと言う先輩に、稲佐は跪きながら言う。

「いえ、先輩。やはりまずはみんなと同じ位置に立ってゲームをするのが、親睦を深める最善策だと思います!」

「まあ、稲佐君がそう言うなら」

 相変わらずのせられやすい人だと思う。それが本気なのか、わざとなのかわからないのは少し怖いところではあるが。

 高崎先輩が稲佐の側にいる時点で、俺たちにその企みを平和的に拒む手段はない。沈黙を保って読書に耽っていた霧島も、本を置いて顔を上げ、参加する意思を見せた。

「それで、今日は何をするの?」

 あまり乗り気ではない感じの福智が、しょうがなくといった感じで聞いた。

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。今日は、これだ!」

 芝居がかった様子で稲佐が俺たちの面前に突き出した拳には、割られた割りばしが五本握られていた。

「……これは?」

 もう既に何のゲームかはわかっていたが、一応聞いておいた。

「王様ゲームだ!」

 胸を張って宣言する稲佐。俺と霧島はああ、やっぱりといった感じだったが、福智は露骨に嫌そうな顔をした。

「……稲佐くん。まさか、破廉恥なことをしようとか考えてないよね?」

 警戒心を微塵も隠す気のない福智。稲佐は強く首を横に振って答えた。

「福智さん、考えてみてくれ。この王様ゲームでオレが破廉恥なことをするのがどれだけ難しいか」

「……え?」

「オレが王様になると、自分では破廉恥なことをできない。つまり、他の誰かが王様になって、オレが破廉恥なことをできる命令を出してもらわないといけないんだ!」

「やる気満々じゃねーか!」

 思わず叫んでいた。良心のある王様になるつもりではあったみたいだが、ロクな家臣じゃねえ。立派に私欲にまみれた腐敗した家臣だぞ!

「まあまあ、とりあえずやってみましょう」

 高崎先輩がにこにこと稲佐の肩を持つ。無反応なところからして、霧島も実質的に稲佐の肩を持っている。

 俺と福智はアイコンタクトを交わして、静かにため息をついた。ことここに至ってはしょうがない。

「よーし、じゃあ始めるぜ!」

 稲佐の言葉で、全員がくじを引いた。


「「「「「王様だーれだ!」」」」」


「私よ」

 記念すべき最初の王様は、霧島だった。

「では、陛下。さっそくご命令を」

「おい、この私利私欲にまみれた奴をまず追放しろ」

 眼前に跪いて頭を垂れた稲佐を見ながら、霧島は命令を下した。

「1番の人は、4番の人の肩を揉む」

「うぉおおおおおおおおおお!!」

 命令を言い終わるか言い終わらないかの内に、稲佐が叫んだ。

 この様子だと、稲佐が1番なのかもしれない。ついでに言うと俺は3番だから、自動的に稲佐が肩を揉む相手は福智か高崎先輩のどちらかになる。

 俺を見て悟ったのか、福智が心底嫌そうな顔をしていた。これは間違いなく福智が4番だな。

(恨むなら、自分の不運を恨めよ)

 なぜか福智から睨まれたから、理不尽さに対する抗議を込めて見返した。

「じゃあ、1番と4番の人、よろしく」

「はーい。るりちゃんの肩を揉むなんて、意外と初めてじゃないかしら?」

「多分、そうですね……へ?」

「は?」

 もみもみと福智の肩を揉み始めた高崎先輩を見て、俺と福智は変な声を出した。

 横に目を向けると、そこには白く灰になった稲佐がうなだれていた。

「おい、稲佐。お前さっき……」

「先に番号を見たらドキドキが半減するだろ……」

 稲佐の声は、絶望からかすっかり小さくなっていた。さっきのあの騒ぎようは、てっきり自分だと期待していたせいだったのか。

「これくらいでいいかしら?」

「ありがとうございます」

 失意の稲佐に代わり、今度は霧島がくじをシャッフルした。

「はい。どうぞ」

 また思い思いにくじを引いていく。まだ回復しきっていない稲佐が、最後に引いた。


「「「「「王様だーれだ!」」」」」


 掛け声の後に、沈黙が訪れた。

 素早く視線を回してみたが、誰も彼もが首を横に振った。

 唯一、俺が視線を向けなかった相手、稲佐に全員の視線が集中する。

「……あ、俺だ」

 手に握ったくじを確認した稲佐が、またうなだれた。

「王様を引いたらダメだったのに……」

「お前の目論見はどうでもいいから、さっさと何か命令を出せ」

「そうだな……あ、そうか!」

 何かを思いついたらしく急に元気になった稲佐に、俺と福智の警戒心が増したのは言うまでもないだろう。

「2番の人は、一枚上着を脱いで」

 これには福智の眉がぴくりと動いた。うちの学校の制服は夏冬ともにセーラー服だが、上着を脱ぐことなんてない。「触れ」なくても、「見れ」ばいい――おそらく、稲佐の考えはそんなところだろう。稲佐としても俺たちとしても実力行使的な破廉恥行為ばっかり想定していたのが仇になったらしい。


 ということで、しょうがなくはカッターシャツを脱ぎ捨てた。


「何でお前が脱いでんだよ」

 血の涙を流しながら、鬼の形相で稲佐が俺に迫った。

 俺は、手に握ったくじに書かれた「2」を稲佐に見せた。

「王様の命令だ。しょうがないだろ?」

「ノォオオオオオオオオオオオオ!!」

 のけぞって叫ぶ稲佐だが、俺だって不本意だ。福智からは安堵の目で見られ、霧島からは蔑みの目で見られている気がする。

「次だ、次」

 またしょげてしまった稲佐からくじを奪い、他の人のも回収してかき混ぜる。

「はい、どーぞ」

 俺が突き出したくじを、またそれぞれに引いて行く。


「「「「「王様だーれだ!」」」」」


 三回目の掛け声が、部室に響いた。

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