霧島「ええ、初めてよ」
「ライトニング・スラッシュ!」
「ウィンドラッシュ!」
稲佐の一撃が生んだ閃光にひるんだ隙に、連撃を叩きこむ。
「グォオオオオオオ」
着実に、アースブラストドラゴンのライフゲージは減っていた。
だが、当然こっちも同じなわけで。
「ちぃ!」
仕返しとばかりに放たれる旋風に触れるだけでも、HPを持っていかれる。
ライフゲージの減り方を厳密に比べるまでもなく、俺たちは圧倒的にジリ貧の状態に陥っていた。
「……なあ、何でこれって離脱できないんだろうな」
鈍く光る両手剣をアースブラストドラゴンに向けながら、稲佐は愚痴った。
その隣に並んで、俺も片手剣をアースブラストドラゴンに向ける。
「知らねえよ。どっかの自惚れた誰かさんにお仕置きしたいからじゃねーのか?」
「なるほどな。『おしおきプレイ』か……残念だけど、人外には興味ねーんだよな!」
反射的に、後ろに飛びずさった。
ついさっきまで俺たちが立っていた地面は、アースブラストドラゴンの爪で抉られて深い穴に変わっていた。
「……マジでキツイな」
ちらり、と背後に目をやった。
俺たちからさらに下がること10メートル程度。岩肌の影に福智と霧島が隠れている。
ここで倒せず、俺たち二人が揃いも揃ってゲームオーバーにでもなったりしたら、隠れている二人もじきにゲームオーバーになるのは間違いない。
まあ、ゲームオーバーになるのも一つの手だが、福智と霧島のアカウントが借り物だというのがネックになっていた。
ゲームオーバーになると、所持しているアイテムを
俺たちはそれでも構いはしないが、借りている上にアイテムロストは流石に申し訳ない。
「おいおい、かっこいいところを見せないでどうするんだよ」
「見栄を張るのはお前の仕事だろうが」
軽口を叩いてはいるが、互いに肩で息をしていた。
直接的肉体的な疲労が発生しているわけじゃない。だが、何度攻撃してもにっちもさっちもいかない状況は、疑似的に疲労を生じさせるには十分だった。
「ガァアアア!!」
俺たちの気持ちなんざお構いなしにアースブラストドラゴンの攻撃は飛んでくる。
アースブラストドラゴンが上体を起こして腹を大きく膨らませながら息を吸う様を見て、俺は青ざめた。
大きく持ち上げた脚を俺たちに向かって振り下ろすだけの、今までの攻撃とは違う。最初の咆哮と同じ、いや、それ以上に最悪な攻撃かもしれない。
狭い洞窟の中で竜巻でも起こされようものなら、俺たちの死は確定する。
無策のまま稲佐と見合わせた視線を、何かが横切った。
「フレイム・シュート」
魔法名の詠唱と共に、炎の球が一直線にアースブラストドラゴンの喉元へと飛んでいく。
「ゴフォッ!」
不意の一撃を受けて、アースブラストドラゴンが地面に沈む。
炎球が飛来してきた方向を、俺と稲佐は恐る恐る振り返った。
「なるほど、何とかできそうね」
赤茶色の杖を右手に握って、霧島が仁王立ちしていた。
「インフェルノ・フレイム」
体を起こしかけていたアースブラストドラゴンに、地獄の業火がまとわりつく。
「グギャアアアアアアアアアアア!!」
その咆哮は、恐怖よりもむしろ同情をかきたてるような、そんな悲痛さを感じさせた。
「炎の果て、地獄の門を守る獣よ、我が呼びかけに応え、顕現せよ。
アースブラストドラゴンを苛む炎とは別に、霧島の周囲に炎が天井近くまで渦巻く。その炎に巻き込まれて、俺たちは情けない悲鳴を上げながら福智の隣に逃げ込んだ。
「おい、マジかよ……」
岩の陰から顔だけを覗かせながら、稲佐は小さく声を漏らした。その呟きは、同じように覗き見る俺と福智が思うことと同じだった。
燃え立つ炎を払って現れたのは、三つの頭を持つ四足の獣――まごうことなきケルベロスの姿だ。
真ん中の頭の上に立って、霧島はアースブラストドラゴンを見下ろす。
「行くわよ」
すべての感情を削ぎ落した声に、ケルベロスが咆哮で答えた。
まとわりつく炎に苦しみながら、アースブラストドラゴンは許しを請うように霧島を見上げる。
「デスフレイム・スピア――」
「バウッ――」
天井を埋め尽くす幾千もの炎の槍、そして業火を放たんとするケルベロス。
アースブラストドラゴンの命乞い――本当にそうしたかは別として――は、儚くも無視され、無慈悲な死の宣告が下されようとしていた。
「――ファイア」
「――グルァアアアアアアア!!」
地を這う龍に降り注ぐ炎槍と、燃え上がる炎。
「ガ、ア、ア……」
真っ赤な炎に埋め尽くされた洞窟の中で、アースブラストドラゴンは事切れた。
真っ黒に焦げたアースブラストドラゴンの骸に足をかけながら、霧島は不満げに呟いた。
「あら、これで終わり? つまらないわね」
岩陰に隠れていた俺たち三人は唖然としていて言葉が出てこなかった。
目の前に浮かぶ「Congratulations!!」の文字を指差して、福智が何とか声を発した。
「い、一応クリアってことだよね?」
「あ、ああ。もちろん」
ぎこちなく頷いて、俺は岩陰から出た。ぞろぞろと、稲佐も福智も続いて出てきた。アースブラストドラゴンの体から降りてきた霧島を、神妙な雰囲気で迎える。
「ねえ、もっと楽しめそうなのはないの?」
「もっと楽しめそう、とは……?」
「もっと嬲っても、もっと長く楽しめるようなモンスターっていないの?」
「ええと……」
顔をひくつかせながら、稲佐は俺を見た。いや、俺を見るなよ。俺にもわかんねえよ。霧島がこんなにノリノリで魔法ブン回すような、ウィザードよりもバーサーカーの方が似合う奴だなんて俺は思ってなかったぞ。
ツカツカと先頭に立って入口へと歩く霧島の背中に、俺は答える代わりに一つの疑問を投げた。
「なあ、霧島。初めてなんだよな?」
ごく自然に、何気なく、さも当然と霧島は答えた。
「ええ、初めてよ」
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