稲佐「ここにオレより強いモンスターはいないからな!」

 始まりの街から歩くこと数分。初心者の洞窟に辿り着いた。

「ここが初心者の洞窟だ。難易度はベリーベリーベリーイージーだから、何があっても落ち着いていれば大丈夫だ」

「わかったわ」

「うん、わかった」

「よし、行くぞー!」

 洞窟の入り口でクエスト開始のボタンを押す稲佐。クエスト開始前の待機状態の俺の耳に、他のパーティの会話が聞こえてきた。

「なあ、『裏クエスト』って聞いたことあるか?」

「裏クエスト? 何だそれ」

「何でも、この初心者の洞窟に裏のクエストがあるらしくてな、そのクエストを出現させるワードが――」

 クエストが、始まった。


「あ、アース・ファング!」

 福智の詠唱によって、地面からいくつもの牙が天へと突き出した。

「キェエエエ!!」

 カマキリを人間大のサイズにしたようなモンスター(名前は見た目通りのカマキリーだ)は、奇声を上げながら消滅した。

「や、やった! やったよ!」

「そうそう、そんな感じだ」

 嬉しさが体の中で収まらないのか、ぴょんぴょんと跳ねる福智を見ていると、何だか小さな子の保護者にでもなった気分だった。

「アース・ファング!」

 立て続けに放った一撃が、別のカマキリーに直撃する。だがそのカマキリーは倒れず、むしろ鎌を振り下ろした。

「サンダー・スラッシュ!」

 薄暗い洞窟に、稲妻のように斬撃が光を放つ。稲佐に鎌ごと体を切られ、カマキリーは消滅した。

「あ、ありがとう……でも、何で……さっきは……」

「相性のせいだな」

「相性?」

「このゲームには、火、水、土、風、光、闇の六つの属性がある。火は風に強くて風は土に強い。同じように土は水に強くて水は火に強い。光と闇はお互いに有利な代わりにその他の属性に対して有利不利がない。たとえば……」

 俺は茶色の体色をしたカマキリーに属性攻撃をぶつけてみせた。

「今のカマキリーは体の色が茶色、つまり土属性のモンスターだ。さっきの攻撃の属性は風。つまり、俺はモンスターに対して有利な属性で攻撃したから一撃で倒せたわけだ」

「じゃあ、さっきは……」

「福智が使ったのは土属性の攻撃魔法だ。最初は水属性のカマキリーだったから一撃で倒せたが、次が風属性のカマキリーだったから一撃じゃ足りなかったんだ」

「へえ……」

 福智が心底感心したような声を出すものだから、俺は思わず苦笑してしまった。

「まあ、使う魔法のレベル次第では不利な相手でも倒せたりするがな。さっきのはもっと上位の魔法で倒すこともできた」

 鎌を振り上げて襲ってくるカマキリーを剣のひと薙ぎで倒す。後ろから覗き見る福智は感心しっぱなしだった。

「サンダー・スラッシュ!」

「ウィンド・ブレイド!」

 初心者の洞窟、そのラスボスである大型カマキリーを俺と稲佐の一撃で屠る。

「すごいね……」

 ぱちぱちぱちと拍手をする福智に、稲佐はふんぞり返った。

「まあ、ここにオレより強いモンスターはいないからな!」

 鼻高々の稲佐の言葉が洞窟に吸い込まれた瞬間、地面が震えた。

「な、何、何!?」

「地震……?」

 頭を抱えてしゃがむ福智と霧島。

「今までこんなことなかったぞ……」

「何かしたか?」

 顔を見合わせる俺と稲佐。


 状況をまったく把握できない俺たちの前に、化け物が現れた。


「お、おい、こいつは……」

 稲佐がソレを見て、絶句する。

「へー、かっこいい」

 無邪気な福智の言葉を聞き流しながら、俺もまた絶句していた。

 目の前に現れたのは、茶と緑の体色のドラゴン。

 二本の前に向けて曲がった大きな角を左右に生やし、身の丈の倍以上はある翼を狭い洞窟に広げ、トラック以上の大きさの体から伸びた四本の太い脚で地面を踏む。

 驚いたのは、その見た目だけじゃない。

 表示されたレベルは、50。

 主戦力がレベル20二人という俺たちにとっては――しんどいにもほどがある。

「これは……」

 視界の端に出てきた文言を見て、俺はもう一度言葉を失った。


「裏クエスト ――洞窟を守護するもの、アースブラストドラゴン――」


不意に、クエスト開始前に聞いた話が頭に浮かんだ。

『なあ、『裏クエスト』って聞いたことあるか?』

『裏クエスト? 何だそれ 』

 裏クエスト。彼らが言っていたものがまさに目の前に現れた。

 そして、

『何でも、この初心者の洞窟に裏のクエストがあるらしくてな、そのクエストを出現させるワードが――』

『オレより強いモンスターはいないからな!』

 稲佐の言葉が、彼らの言葉とオーバーラップする。

「マジかよ……」

 稲佐の言葉が、俺の気持ちも代弁していた。

 よもやまさか、稲佐の不用意な発言で地雷を踏むことになるなんてな。

「ガァアアアアアアアアアアアアア!!」

 アースブラストドラゴンの咆哮が、空気を、俺たちの体を、洞窟を震わせる。

「おい、これ!」

 稲佐に言われずとも、俺は気付いていた。

 今の咆哮で、ライフゲージが減少した。つまり、これは――

(攻撃、かよ!)

 紅い目が、俺たちを無慈悲に見下ろす。ただの咆哮でさえもこちらのライフを削るモンスター。それを化け物と言わないでどうする。

「た、たたたた立花くん、何かバーが黄色く……」

 震える福智の声を聞いて、俺は福智のライフゲージを見た。

 縦に連なって表示されるパーティメンバーのライフゲージ。その上から三つめ、福智のゲージは四分の一を失って黄色くなっていた。

 ここまでの戦闘で、ダメージを負ってはいない。それがなぜ一気に四分の一も減っているのか。

(今の攻撃も、大して――)

 いや、大したことあった。

 装備する防具や武具によってプレイヤーの属性が決まり、扱える攻撃の属性も決まる。

 福智が扱える属性攻撃は土属性のもの。つまり、福智自身は土属性のプレイヤーだ。そして、アースブラストドラゴンは見た目通り風と土……相性が最悪だ。

 アースブラストドラゴンの攻撃によるダメージは、倍になる。

(まずい、まずいぞ……)

 レベル20二人でレベル50のモンスターを討伐。それでもしんどいのに。

 

 福智を守りながら戦わなきゃいけなくなったぞ。

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