霧島「面白そうだったから」

 バーチャル・ファンタジー。


 その愚直なタイトルが示す通り、ファンタジーの仮想現実でロールプレイをするゲームだ。

 作り込まれた仮想世界と自由度の高さで人気を獲得したが、それはVRゲーム機であるバーチャル・ギアの性能によるところも大きい。

 そんなゲームの世界に、俺たち文芸部は飛び込んだ。


「難しい説明をしても難しいだけだから、簡単に言うぞ。ここはファンタジーの世界だ」

 頭上はるか高くまで続く青空にはドラゴンや怪鳥が舞い、辺り一面に広がる草原には種々のモンスターとそれを討伐する冒険者たちがあちらこちらに見える。

 始まりの街から一歩外に出た草原に、俺たちは立っていた。

 俺と稲佐は普段着と大して変わらない見た目の防具を身に着け、それぞれに剣を背負っている。福智と霧島はつばの広いトンガリ帽子を被って、ローブを羽織っている。ドレスの裾の長短こそ違うが、二人とも典型的な魔女の装いだ。

「二人はウィザード――魔法使いだから、色んな魔法が使える。使いたい魔法をイメージすれば、それに近い魔法が一覧で目の前に出てくる。その中から適当に選んで名前を唱えれば、魔法が使えるって寸法だ」

「魔法かあ……」

「フレイム」

「ぎゃああああああああああああああ!!!!」

 顎に指を当てながら空を見上げた福智の隣で、霧島が炎を噴射した。その炎に焼かれながら、稲佐は断末魔のような叫び声とともにHPを少し減らした。

「人に向かって魔法を使っちゃダメ! 死ぬことはないけど、少しのダメージを食らう仕様なの! 最悪の場合アカウントを消されるから絶対にダメ!」

「あら……それは残念。面白そうだったのに」

「頼むから、その気持ちはモンスターに向けてくれ……」

「霧島はこういうゲームをしたことがあるのか?」

 意外に適応が早いからもしやと思ったが、

「いいえ。まったくの未経験よ」

 あっさりと否定された。どうやら、素で適応したらしい。

 霧島の適応能力に感心しながら、俺はまだぷすぷすと煙を上げている稲佐を見た。

「これで揃ったわけだが、こっからどうするんだよ」

「……初心者の洞窟に行く。オレたち四人で協力プレイするにはあそこが一番いいだろ」

 初心者の洞窟。それは、このゲームを始めた人が誰しも足を踏み入れる場所。

 非常に低レベルのモンスターしか出てこない、言わばチュートリアルみたいな場所だ。確かに、中身は初心者の二人を連れて行くにはちょうどいい。

「なるほどな。だが、とても初心者の洞窟に行くべきパーティには見えねえな」

 俺と稲佐はレベル20、パソコン部の部員からアカウントを借りた福智と霧島はレベル50。とても「初心者」には見えない。

 というか、レベル50ってどういうことだ。発売日に買って土日を使って遊んでた俺と稲佐でもレベル20だぞ。どんだけやり込んだんだよ。

「まあ、別にいいだろ。初心者しか入ったらいけないわけじゃねーし」

「……そうだな」

 ここまでレベルを上げておいて今さら行くのは少々恥ずかしいが、かと言って福智と霧島を難易度の高いところに連れて行くわけにもいかない。

「よーし、しゅっぱーつ……おっ」

 威勢よく歩き出そうとした稲佐が、すぐに足を止めた。

「なあ、立花、あの子可愛くねえか?」

 つんつん、と肘で俺の脇腹を突っつきながら、稲佐は道の先の交差路を横切るプレイヤーを指差した。

 ショートカットの茶髪で、ピンクの鎧を要所に身に着けたやや慎重の低いプレイヤー。歳は10代に見える。

「まあ、確かに可愛いが、口説きに行くのはやめろよ」

「何でだよ!」

「中身が男だったら悲しくなるだろうが……」

 女性(アバターの)プレイヤーを見かける度に口説いてきた稲佐は憤慨するが、見た目が女性だからって、現実世界でも女性とは限らない。そもそもゲーム内でナンパなんざ不純極まりない――

「おねーさーん!!」

「って、人の話を聞けよ!」

 止める間も無く、稲佐は駆け出していた。

 いつも通り過ぎてどうしたものかと考え始めた俺の横に、福智が立った。

「ねえ、男の人でも女性の見た目にしたりするの?」

「まあ、そういう人もいるが」

「何でそうするの?」

「何でって――」

 理由を答えようとしたところで、はっきりとした理由を知らないことに思い至った。それに理由を知っていたところで、心底不思議そうに俺を見る福智に教えてはいけないような気がした。

「さあ、俺も詳しくは知らん。気分的なもんだろ」

「ふーん……あ、じゃあ、わたしと霧島さんが使ってるこれも、そうなの?」

 そう言って福智が自分と霧島を指差した。確かに二人が使っているアバターは女性だったし、何より二人の容姿に似ていた。

「さあ、それはどうだろうな……」

「しくしくしく」

 パソコン部から借りてきた詳しい経緯を知らない俺が答えに困っていると、稲佐が泣きながら帰って来た。大方フラれたに違いない。

「なあ、稲佐。二人のアバターって元からこれだったのか?」

「しくしくしく……ん? いや、パソコン部に頼んで二人にそっくりに作ってもらった。もちろん、スリーサイズも再現したぜ!」

 歯を光らせながら親指を立てた稲佐だったが、

「アース・ファング」

「フレイム・ハリケーン」

「ぎゃああああああああああああああ!!!!」

 ウィザード二人に魔法攻撃を食らってのたうち回った。

「人に向かって魔法を使うなって言っただろ!」

「面白そうだったから」

「大丈夫、わたしたちが消える前にあんたを消すから」

 抗議する稲佐を見る二人の目は、氷のように冷たかった。

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