霧島「ねえ、もっと楽しめそうなのはないの?」
霧島「あら、ごめんなさい。つい口が滑っちゃった」
「ゲームをしよう」
月曜日の放課後、部室に集まった俺たちを前にして稲佐はそう言った。
「ゲーム?」
怪訝そうに言う福智に対して、稲佐は力強く頷いた。
「そう、ゲームだ。思えば、入部してから一度も親睦を深めるようなことをしてないじゃないか」
「まあ、そう言えばそうだな……」
あの変にドタバタした入部の時から思い返してみると、確かに懇親会みたいなことはしてこなかった。主に稲佐が原因の騒動なら何度かあったが。
「それで、何するつもりなの?」
「それは、これだ!」
「よくぞ聞いてくれた」感ありありで稲佐が俺たちに示したのは、とあるゲームのパッケージだった。
「バーチャル・ファンタジーⅡ?」
交差した剣を背景に書かれたそのゲームタイトルを福智が読み上げた。
「そう、ついこないだ発売されたばかりの、VRMMORPGだ!」
なぜか偉そうに胸を張る稲佐が言う通り、このゲームはつい先週の金曜日に発売されたばかりの、新作ゲームだ。
タイトルはあまりパッとしないが、VRMMORPGの中ではなかなかの人気を誇る作品の続編で、前作よりもさらに没入感とリアリティが増したという触れこみだった。
「ぶいあーるえむえむおーあーるぴーじー?」
いかにも聞き慣れないといった感じで、福智が復唱した。パッケージをずいと福智に突き出しながら稲佐が答える。
「そう。まあ、簡単に言えば仮想空間で大人数で遊べるRPGだ。RPGはイメージつくだろ?」
「まあ、それはね」
「おい稲佐、それをするのは良いが、バーチャル・ギアはどうするんだ」
VRゲームをするには、それ専用のゲーム機が必要だ。唐突に言われたところで福智たちが持って来ているとは思えないし、そもそも持っていないだろう。
「ふっふっふ。心配には及ばんよ。この通り、既に用意してある!」
そう言ってテーブルの上に置いたのは、3つのバーチャル・ギア。ヘッドセットとサングラスが合体したような見た目のそれを、福智はしげしげと眺めた。
「へえ、これがその……バーチャル・ギア?」
「そう、その通り。既にゲームデータは入ってるから、すぐにできるぞ」
「ふーん……」
バーチャル・ギアを手に取って上下左右から見始めた福智の隣で、霧島が本から視線をこっちに移した。
「ひょっとして、私も数に入っているのかしら?」
「むしろ、数に入っていないことのほうがおかしいだろうが」
俺の答えに納得したかしてないかはわからないが、霧島はしおりを挟んで本を閉じてバーチャル・ギアを手に取った。
「稲佐、高崎先輩がいないのは良いのか?」
今日も塾だと言って、少し顔を出しただけですぐに出て行った先輩の姿を思い浮かべる。稲佐は、至極残念そうに肩を落とした。
「しょうがないだろ。先輩も一緒にって思ってたけど、塾と言われたらなあ……」
「あれ、二人の分は?」
バーチャル・ギアをいじっていた福智が、不意に声を上げた。
俺と稲佐は意味も無く視線を合わせ、稲佐は自信満々に、俺はため息をつきながら、自前のバーチャル・ギアを取り出した。
「……なるほど。事前に計画していたんだ」
「その通りだよ」
福智は瞬時にこっちの事情を察してくれたらしい。だが、それでも新たな疑問は生まれたようだった。
「あれ、それじゃあこれも二人の物なの?」
「それはパソコン部の奴らから借りてきた」
「まさか、勝手に取って来たとか……」
「ちげぇよ! 何で信用されてねーんだよ!」
「稲佐、自分の胸に手を当ててみろ」
「お前もかよ!」
ぜえぜえと大きく息をつく稲佐を見て、福智は満足そうな表情を浮かべた。どうやら、稲佐の扱いにも慣れてきたらしい。
「それで、これはどうやって使うの?」
「ああ、それはな……」
「私にも教えてちょうだい」
「あ、じゃあオレが」
福智は俺が、霧島は稲佐が手伝って、バーチャル・ギアを装着させた。
「今からスタートボタンを押すけど、ゲームにログインしたら、その場所から動かないで待っていてくれよ。すぐに行くから」
「すぐに逝くって、地獄に?」
「そっちの逝くじゃねえよ! 霧島さんのオレに対する評価ってどんだけ悪いんだよ!」
「あら、ごめんなさい。つい口が滑っちゃった」
「口が滑ったって……」
いつも通りすました雰囲気の霧島とがっくりとうなだれる稲佐。
どうやら、稲佐の扱いに慣れてきたのは福智だけじゃないらしい。福智のスタートボタンを押して、自分のバーチャル・ギアを被りながらそう思った。
「よし、ゲームスタート!」
高らかに宣言する稲佐の声を聞きながら、俺はスタートボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます