福智「じゃん、これが約束の品だよ!」
二人並んでバスに揺られること約20分。目的地の毘沙門山公園に着いた。
バス代は思わぬ出費だったが、福智が出してくれるということはなかった。
「意外に人いないね」
「まあ、まだ6月だしな」
毘沙門山公園は、そこまで大きな公園じゃない。なだらかに整地された芝生貼りの空間に、ぽつんと四阿が建っている。夏になるとそこそこ人が来る場所だが、見る限り人は少なく、みんな散歩の途中のようだった。
「それで、こっからどうするんだよ……」
「立花くん、お腹は空いてる?」
何のためにここまで来たのかわからない俺に、福智は何か企んでいそうな笑顔を向けてくる。
「そりゃあ、空いてはいるが……」
腕時計を見ると、11時30分になっていた。ぼちぼち昼飯にする時間だろう。
「じゃあ、さっそくだけどご飯にしよう」
そう言って、福智は木造のベンチに腰を下ろした。つられて俺も座ったそのベンチは丸太を一刀両断したような見た目で、間に少しの空間を残して座るのが精一杯の大きさだった。
「じゃん、これが約束の品だよ!」
駅からずっと肩に掛けていたバッグの中から、福智は弁当箱より一回り大きいタッパーを取り出して蓋を開けた。そして得意げに俺の前に突き出してきた。
「これは……サンドイッチ?」
その中に詰められていたのは、ミニサイズのサンドイッチだった。鮮やかな赤・黄・緑が、白いパンの間に見える。
「そうそう。作ってみたの」
「すげぇな。食っていいのか?」
「そのために作ったんだからさ……あ、食べる前にこれ」
さっきのバッグの中から、今度はウェットティッシュを出してきた。なかなか準備がいいな。
「じゃあ、いただきます……」
簡単に手をひと拭きして、サンドイッチを一つ手に取った。
「………」
一口かじって咀嚼する俺に、福智の視線が集中していた。思うところはわかっているが、非常に食いづらい。
「……うまいぞ」
「本当?」
「嘘をついてどうするんだよ。マジだよ」
「良かった」
途端に、真剣だった福智の顔が華やいだ。その変わりようを見るに、だいぶ心配だったみたいだな。
元気づいた福智は、おもむろにサンドイッチを食べ始めた。
それを横目で見ながら、俺もサンドイッチの残りを頬張る。
具はベーコン・レタス・トマトの俗に言うBLTだ。どうやらベーコンは普通のものじゃなくて胡椒の効いたものらしく、あっさりした味にアクセントを加えている。パンに焼き目がついているから、わざわざトースターで軽く焼いたんだろう。
単純に具をパンで挟んだだけじゃない、手間をかけた感じが、クオリティとしてダイレクトに感じれる。
「それにしても、なんでわざわざサンドイッチなんて作ったんだよ。別に俺はそこまで求めたつもりは無かったんだが」
二個目に手を伸ばしながら、俺はふと気になったことを口にした。
「ああ、それは……いろいろ考えた結果なんだけどね。お菓子を買ってあげるだけとかだと何かしっくりこなかったから」
「ふーん、そうか」
軽く相槌を打ちながら、やっぱり福智は妙なところで律儀だと思った。ここまでされて、俺は何となく申し訳ない気持ちになった。
「まあ、それに手の凝ったことはしてないし……サンドイッチなら料理の腕とかあんまりわかんないかなって思ったし」
「ん? 何だって?」
「ううん、何でもない!」
ごにょごにょとして最後が聞き取れなかったが、福智は誤魔化すように手を振って、バッグから水筒を取り出した。
「ほら、これ飲んでいいから」
「ああ、ありがとう」
そう言えば、駅で飲み物を買うのを忘れていた。多少なりとも口の中の水分を持っていかれているところだったから、ありがたい。
コップ代わりの蓋に中身を注いで、一気に飲み干す。
「あ、ごめん、わたしにもちょうだい」
「おっけー」
コップに中身のお茶を注いで福智に手渡した。受け取った福智はあおるようにお茶を飲むと、また一口サンドイッチをかじった。
「ねえ、本当にこれでチャラにしてくれる?」
躊躇なくサンドイッチを頬張っていると、ひどく不安そうな声で福智が聞いてきた。
「そんなに俺は信用されてないのかよ」
「そういうわけじゃないんだけど……」
俺が福智を見ると、逆に福智は俺から目を逸らして俯いた。
「やっぱりあのことを知られたくないし……」
「あのこと、ねえ……」
サンドイッチの欠片を口の中に放り込みながら、俺は思い返した。
『パンが無ければ本を読めば良いのよ!』
あの言葉から何だかんだあって、もうひと月も経とうとしている。
「安心しろ。今までもこれからも変わらない」
「……ありがとう」
それ以来会話は途絶えて、俺たちは黙々とサンドイッチを食べ続けた。
目の前に広がる海は綺麗な青のグラデーションを成して、遠い水平線で澄んだ空と接していた。
ゆるやかに向かってくる風はほのかに潮の匂いを漂わせていて、打ち寄せる波の音と一緒にいずれ来る夏の予感を含んでいた。
「「あ」」
もう一個、と伸ばした手が、福智と重なった。
「どうぞ」
「いや、お前が食べろよ」
「ううん、いいよ。立花くんが食べて」
「いや、俺はかなり食べたし」
典型的な日本人らしく譲り合った末、福智が何か思いついたように最後のサンドイッチを取り上げた。そして、ただでさえ小さめのサンドイッチを、器用に半分に分けた。
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
差し出された一方を受け取り、ほぼ同時にかじる。
「……満足した?」
おずおずとした、不安げな声。
俺ははっきりと答えた。
「大満足だよ」
「そう、良かった」
ちらりと見た福智は、顔をほころばせて海に視線を向けていた。
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