福智「ごめん、待った?」
休日の昼間は、やっぱり人の出が激しい。
駅前で行き交う人々をぼけーっと眺めながら、俺は待っていた。
話を数日前に戻そう。
「そう言えば、連絡先を交換していなかったから、しよう」
放課後、部室に集合した俺たちに福智は切り出した。
「賛成!! ぐへっ」
「お前は少し声を押さえろ」
威勢よく立ち上がった稲佐を押さえると、次々と賛成の言葉が聞こえた。
「じゃあ、ひとまずわたしが皆と交換するね。後で文芸部用のトークルーム立てて招待するから」
そう言って、福智は手際よく皆のトークアプリのアカウントを登録していく。
すぐに現れた福智からの友達申請の通知を、俺は許可した。
「まあ、滅多に使うことないとは思うけど。何かあった時にはここで全体に連絡流すね」
そう言ってにっこりと笑った福智から個人間で連絡が来たのが、その日の夜だった。
{立花くん、今いいかな?)
(どうした?}
{この間のことなんだけど……)
(?}
「この間のこと」という言葉に、俺はぴんと来なかった。
既読がついてからややあって、
{おごったら前あったことをチャラにしてくれるって話)
ようやく、俺は思い出した。帰り際にそんなことを福智に言ったことがあった。
あの時はちょっとした悪戯心みたいなもので言ったが、今になってみるとダメな気がしてきた。
(そのことなら気にするなよ。別に本気で言った訳じゃないし}
なるべく軽い感じで、と思いながら打ちこんだら、すぐに返事が来た。
{ううん、チャラにしてくれるならそれがいい)
だいぶ食い気味な雰囲気に、俺は少し面食らった。
本当にふとしたはずみで言っただけだったんだが……
(まあ、おごってくれるならありがたくおごってもらおうかな……?}
本人がその気なら、うだうだ言ってもしょうがないだろう。気の済むようにさせるのが一番だ。
{ありがとう)
{それで、今度の休みの日とか空いてる?)
(空いてるけど?}
{良かった)
画面越しに、福智の笑顔が見えるみたいだった。
{土曜日の朝11時に、新都市駅に集合でも大丈夫?)
(ああ、大丈夫だけど}
{じゃあ、それで!)
コメントに続いて、ピンクのうさぎがウィンクしているスタンプが送られてきた。用件だけで終わらせるタイプかと思ったが、意外とこういうのも使うんだな。
まあ、相変わらず変に律儀なやつだと思いながら俺は布団に潜り込んだ。
それが、数日前のこと。
「ごめん、待った?」
不意に、横から声を掛けられた。
「いや、いま来たところで――」
「?」
答えかけて、言葉を失った。
目の前にいたのは、いつもの福智じゃなかった。
白い薄手の上着に、フリルが付いた水色の長めのスカート、灰色の地に白のラインが入ったスニーカーを履いている。
服装だけじゃなくて、顔も普段と違う気がする。これは……化粧か?
「どうしたの、何か付いてる?」
「え、あ、いや」
福智に顔を寄せられて、俺は慌てて目を横に逸らした。少し、花のような匂いが漂った。
「ならいいや。ごめんね、遅くなって」
「いや、まだ5分前だぞ」
妙に律儀な福智らしく、5分前行動はいつでも鉄板のようだ。
そんなことを思っていると、福智が少しむくれながら俺を指差した。
「そっか、でもそれなら立花くんはいつからいたのかな?」
「……さっき来たばっかだって言っただろ?」
余裕を見越し過ぎて30分前に着いたなんてことを言うと、福智に余計な罪悪感を抱かせそうな気がしたから、適当にお茶を濁すことにした。
それに加えて、早々に話題の転換を図る。
「それで、どこで何をおごってくれるんですかね。わざわざここまで来て」
「……怒ってる?」
茶化すつもりで言ったが、急に福智がシュンとしてしまった。
「いや、怒ってるとかじゃないが……わざわざ学校から離れてどうしたんだろうって思ってな」
「それは……まあ、他の人に会うと面倒だし」
「面倒?」
俺は首を傾げた。何が面倒なのかがピンと来なかった。
福智はあまり言いたく無さそうだったが、首を捻る俺を見て観念したのか、視線を斜め下に向け、恥ずかしげに言った。
「あのことを他の人に知られるわけにはいかないからさ……」
「……あぁ」
いつぞやに起こった福智のご乱心事件。俺にとっては特段気にしていないことだが、当人にとっては相当ネックになっているようだ。
俺は一つため息をついた。
まったく、難儀な性格というか何というか。
「それで、何するんだよ?」
もじもじとしている福智が少し可哀想に思えてきたから、話題を元に戻した。
すると途端に、福智はいつもの調子を取り戻した。
「えーっとね、毘沙門山公園に行こうと思って」
「は? 毘沙門山?」
思わぬ言葉に、変な声を出してしまった。
毘沙門山と言えば、今いる新都市駅からバスで20分程度の場所にある山で、麓にある公園からは白田湾を眺めることができる。そこそこ有名な公園だが、おごるという話はどこに行った?
そんな俺の考えを読んだのか、福智は自信ありげに言葉を継いだ。
「まあまあ、わたしについて来て」
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