稲佐「やっぱり美少女を増員すべきだと思うんだ」
「勧誘活動をしよう」
唐突に、稲佐がそんなことを言いだした。
「何の?」
「決まってるだろ、文芸部のだよ」
胸を張る稲佐に、そっと本を閉じた福智が目を向けた。
「勧誘、ねえ……一応、やったんだけどね」
福智の苦笑を見て、俺は過去の記憶を掘り起こした。そう言えば、文芸部のビラを見たような見なかったような……
「その勧誘が失敗したのは、よくわかってるさ」
「お前、当の本人の前でよく言えるな、それ」
「だがしかし!」
勢いづいて立ち上がった稲佐を、都合俺たちは見上げる形になった。こういう時はだいたい面倒事になることを知ってしまっている俺は、どうやって収拾をつけるか、そのことを考え始めていた。
「美少女二人だと寂しいだろ!? ここは、やっぱり美少女を増員すべきだと思うんだ!」
「……あんまり人数多くなってもやりにくいし、今のままでいいよ」
福智が目を伏せた。テーブルに置いた本、そのさらに向こうを見ているようだった。
「ということでだ。さっそくビラを書いてみよう」
「お前、福智の話を聞いてたか?」
さらりと福智の言葉をスルーして、稲佐はカバンからルーズリーフと筆箱を取り出した。そして一枚テーブルの上に載せると、すらすらと何事かを書きだした。
「よし……これでどうだ!」
ややあって顔を上げた稲佐が掲げたビラ。それを俺と福智は揃って眺める。
「えーっと? 美少女募集、福智瑠璃子、身長156センチ、Dカップ……って、ちょっと!」
「あ」
ビラに書かれた文言を読み上げていた福智が、途中で顔を赤く染め始め、ついには真っ赤になって稲佐の手からビラをむしり取った。そしてビリビリとそれを破いた。
「ちょ、ちょっ! 何するんだよ!」
「それはこっちのセリフ!」
まさしく般若の形相で、福智が稲佐に詰め寄る。
「何を勝手に人のプライバシーを侵害してくれてるの!」
「あれ、ステータス間違えてた? 観察眼には自信があるから、あってると思ったんだけどなぁ」
「はあ……?」
まったく悪びれずに言う稲佐に、福智は半ば言葉を失っていた。なんか、前もこんなことあった気がするな。
「稲佐、福智の個人情報を垂れ流すのはナシだ。文芸部の部員を募集するなら、文芸部のことを書けよ」
「うーん、しょうがないな」
再び、稲佐がルーズリーフを一枚取り出して、すらすらとペンを走らせる。福智の目が氷点下の冷気を放っていて、かなり恐ろしい。
だが、そこは稲佐だ。
「じゃあ、これならどうだ!」
「文芸部部員募集、美少女二人、イケメン一人在籍、部長:高崎ゆみ、身長155センチ、Fカップ……」
「却下」
「あーっ!!」
俺が読み上げるそばで、福智がまた稲佐の手から紙を奪い取った。そして今度は塵になるまで破いた。
「ちょっと、何するんだよ!」
「デリケートなプライバシーを書くのをやめなさい!」
「間違ってないだろう?」
「そういうことじゃなくて! こんなこと書いたら変な目で見られるでしょ!」
喧々諤々の口論が勃発した。どうやら福智は稲佐に対する耐性が低いみたいだな。俺がまったく介入できない。
「ちえーっ、しょうがねーな。じゃあオレのイケてるところ列挙するわ」
「お願いだから、その方向性から離れて……」
「文芸部唯一のイケメン、稲佐健吾。身長は……」
「あれ、ひょっとして俺、ディスられてる?」
「ひょっとしなくてもじゃないかな?」
稲佐がペンを走らせ、即座に福智が取り上げて破いて、俺がゴミを回収する。その間に稲佐がまたペンを走らせて、即座に福智が……
そんなループを何度か繰り返した時、ふとドアの方に気配を感じた。
「誰か……」
ドアを開けて左右を見ても、誰もいなかった。あるいは、既に立ち去ったのか。
「何、誰かいたの?」
隣に福智が立って、顔を廊下に覗かせた。
「いや、気のせいだったみたいだ……」
「よし、これでどうだ!」
振り返る俺たちの眼前、突き付けられたビラが、真っ二つに裂けた。
「却下」
「何すんだよ~ッ!」
にべもない福智と、叫ぶ稲佐。
結局、見栄えのしない簡素なビラがドアにひっそりと貼られた。
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